⦅山極寿一⦆ 『老いの思考法』文芸春秋社
1月の後半に なってから雪の日が続きました。「雪国に雪が降る、何の不思議も なけれども」と、思うのですが「雪は少ない方がいいと」毎朝の雪かきで足腰が痛む後期高齢者の脳には浮かんでくるのであります。テレビの天気予報では「顕著な大雪」と耳慣れない言葉が使われるようになりました。気象用語も年々変化するのですね。
山極寿一さんはゴリラの研究で有名な霊長類学の学者さんで、京都大学の総長も勤められました。(2014年-2020年)京都大学は自由な学風で知られていますが、ゴリラの研究者が総長に選ばれたのも京都大学らしいな。と思ったのでした。なぜゴリラを研究したのかを山極さんは「ゴリラを知って、人間を知る」「人間を知るためには人間社会を一歩出て。人間に近い動物の社会を研究する方法がある」(49頁)と書かれていますから、人間とは何か を明らかにする学問をされたのですね。
同書に「いつも「さびしい」「くるしい」という考えに とらわれているのなら、それは老い方が間違っているのです。」(3頁)という文があります。デイサービスに集まる仲間が共通して言うのが「さびしい。さびしいなのだ」だと教えてくれた90歳の ご婦人がおられます。「さびしいのなら お寺に一緒に行こうか」と誘ったら「そんなところには行かん!」が答えだったそうです。「老い方が違っている」のだなーと思ったのです。身近に「人身受け難し」という言葉がありますが、人間だけしか聞くことの出来ない言葉に遇えなかった一生だったのでしょうね。年と共に私達の身体能力は衰えていきます。これは自力が衰えるのでしょう。私の思いが作る世界であれば、当然 その世界は衰え、崩れていくのです。日々衰える世界であることに気づけないまま、「さびしい、さびしい」と悲しまなければならないのは「老い方が間違っているのです」大きな世界に目が開けていく老い方は、この身の事実に気づき、頷づく「老い方」でしょうね。