3 御伝鈔 上巻 第六段「信行両座」 意訳

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御伝鈔 意訳 上巻 第六段「信行両座」

『親鸞聖人伝絵-御伝鈔に学ぶ-』東本願寺出版部より 


 法然さま 在世(ざいせ)のころ、どんな人でも 必ず よみがえらせずにはおかない、という阿弥陀の親心の こめられた念仏の教え が 説き弘められると、今まで 仏教の救いなど とても 望めない と 思っていた人々は、こぞって この教えに注目し、先を争って この 念仏の教え に 耳を傾けるようになりました。
 殿上(でんじょう)にあって、まつりごと に いそしまれる尊い方々も、栄華(えいが)を ほしいまま に している由緒正しい大臣家(だいじんか)にあっても、この世の幸せ は 夢、幻にすぎないのですから、ひとたび 自分の人生を真剣に考える者は、阿弥陀如来の本願のこと を 口にしない者はありませんでした。
 それどころか、人里離れた遠い地方の人々、あるいは その日暮しに追われている貧しい人々も、こんな 私が よみがえる道があったのか と 喜び、この教え を 仰ぎ 敬うのでありました。
 身分の上下にかかわらず、法然さま の もとへ 訪れる人は 垣(かき)をつくるほどになり、あたかも 門前、市のようになりました。いつも 法然さま の おそばで 教えを受ける僧だけでも 三百八十有余(ゆうよ)名 も あった と 伝えられています。
 しかしながら、法然さまの教え を ほんとうに、自分の生きる ともしび として うけたまわり、その心を 正しく 聞き ひらいた人は、ということになると、その数は わずかに 五、六人しか いなかった と いってもよいのでしょう。
 あるとき 親鸞さまは、
「私は、特別な能力の持ち主 しか 歩めない難行道(なんぎょうどう)に見切りをつけて、いつでも、どこでも、だれでも 歩むことができる易行道(いぎょうどう)に目覚め、聖者(せいじゃ)のための教え、聖道門(しょうどうもん)では、私のような者は 救われないことを知って、どんな 愚か者でも 必ず よみがえらせずには おかない、と約束される浄土門(じょうどもん)に 身を置くようになってからは、もし、如来の本願 に 気がつかなかったら、私のような者は、一生 暗い 迷い路(みち)を さまよい 歩かなければならなかったであろう、と しみじみ 思うようになりました。私には これ以上の喜びはありません。しかし、いま 同じ道を歩み、同じ 先生の教え を 受けている人は 多いけれども、ほんとうに みんなが明るい 生き生きとした浄土往生(おうじょう)の人生を 歩んでいるのかどうか、ということになると、私も そうですが、みんな もよく わかっていないのではないでしょうか。
 だから、だれが ほんとうの 永遠の友 であるか 知るためにも、あるいはこの世の思い出 とも なるように、先生のお弟子が集まった折に、みんなに提案して、おたがいに 心の世界を 確かめてみよう と 思うのですが、
いかがなものでしょうか」
と、法然さまに申しあげますと、法然さま は、
「なるほど、それはおもしろい。さっそく明日、みんなが集まったら 提案してみるがよい」と、おおせ に なりました。
 そこで、次の日の集い の とき、親鸞さまは
「さあ みなさん、今日は、阿弥陀如来の本願に めぐりあうことによって、明るい 生き生きとした人生が 約束される(信不退(しんふたい))と 信じる人は、どうぞ こちらの席へ、また、自分が 南無阿弥陀仏と 口に となえる 努力 によって、明るい 生き生きとした人生を きずきあげることができる(行不退(ぎょうふたい))と信ずる人は、どうぞ あちらの席へおすわりください」
と、提案したところ、そこに居あわせた三百有余(ゆうよ)名のお弟子たちは、おたがいに 顔を見あわせて しりごみする ばかりでした。
 そのとき、聖(せい)覚(かく)さま、信(しん)空(くう)さまの二人が、すっく と 起ちあがり、「信の座につきましょう」といわれました。次に 遅れてやってきた法力房(ほうりきぼう) 熊谷直実(くまがえなおざね)が、
「善信(ぜんしん)のご房(ぼう)よ。いったい 何を書いておられるのですか」
と たずねたので、親鸞さま は、
「今日は、生き生きとした浄土往生(おうじょう)の人生は、阿弥陀の本願にめぐりあうことによるのか、それとも 南無阿弥陀仏と となえる自分の努力によるのか、という 二つの意見によって 座席を 分けているのです」と、説明しました。
すると法力房(ほうりきぼう)は、すかさず、
「ああ そういうことですか。それでは 私も 見捨てられたら かなわないから、信の座につきましょう」
と、信の座に すわりました。そこで 親鸞さまは そのように 名を記しました。
 あとの数百名のお弟子たちは、それでも まだ、ぐずぐずしていて、一言も述べよう とは しませんでした。これは おそらく、念仏の教えを誤解し、他力の信心 とは どういうことなのか、まだよくわかっていなかったからではないでしょうか。
 人々が 無言のまま、ためらっているうちに、親鸞さま は、信の座に 自分の名を記されました。
 やや しばらくして、先生の法然さま は、「私も 信心の座に つきましょう」と、おおせになりました。
 そのとき、そこに集まっていたお弟子たちは、ある者は だまって 頭をさげ、自分の いたらなさ を 恥じ、また 他の者は、後悔の色を かくせませんでした。