2 御伝鈔 上巻 第五段「選択付属」 意訳

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御伝鈔 意訳 上巻 第五段「選択付属」

『親鸞聖人伝絵-御伝鈔に学ぶ-』東本願寺出版部より 


 法然さま は、大ぜいのお弟子の中でも特に親鸞さまに目をかけられ、あるときは そのご著書(ちょしょ)を書写(しょしゃ)することを許されたり、あるいは、法然さまみずから南無阿弥陀仏のお名号(みょうごう)をおかきになって 与えられたこともありました。
 そのことは、『教行信証』の化身土巻(けしんどのまき)に 親鸞さま は、感激(かんげき)をもって記されているのです。「この親鸞は、建仁(けんにん)元年(一二〇一)に、こんな愚か者が 自分の能力で目覚めることができる、などと考えていたのでは、とんでもない思いあがりだった と いうことに 気がつかせていただいて、偉そうな学問、修行をすべて かなぐり捨てて、阿弥陀の親心の こめられた南無阿弥陀仏の教え に 育てられる身となり、元久(げんきゅう)二年(一二〇五)法然さま の お許しを得て、先生の珠玉(しゅぎょく)の教え、『選択(せんじゃく)本願念仏集』を書き写すことができました。同じ年の七月十四日には、「選択(せんじゃく)本願念仏集」という書名(しょめい)と、「南無阿弥陀仏 往生(おうじょう)之(し)業(ごう) 念仏為本(いほん)」(南無阿弥陀仏こそ 私のいのち。明るい生き生きとした人生は、念仏の教えに育てられて、はじめて生まれたのだ!)という言葉と、「釈綽空(しゃくしゃッくう)」という私の法名を、法然さま ご自身の筆で記していただきました。
 そして、その日に また 法然さまのお姿 も写生(しゃせい)することを許され、日ごろの願いをとげることができました。さらに、同じ年の七月二十九日、そのお姿に、法然さま ご自身の筆で、「南無阿弥陀仏の名号(みょうごう)と、私が目覚めた人と なるとき、どんな人でも、一声(ひとこえ)でも南無阿弥陀仏の み名を となえて、それでも なお 明るい生き生きとした人生を体験できなかったら、誓って 私は、目覚めたなどとは いえない。この願いをたてられた法蔵菩薩は、今、現に目覚めた人となられ、私を明るい人生に導かれているではないか。阿弥陀如来の誓願(せいがん)は、決して架空(かくう)の物語ではない。だれでも その み名をとなえ、その教えに育てられる身となれば、必ず、明るい いきいきとした人生に導かれるのだ」という、善導大師(だいし)の教えを記していただきました。
 そしてまた 同じ日、夢のお告げにより、綽空(しゃッくう)という名をあらためて、善信(ぜんしん)、と書いていただきました。それは 法然さま七十三歳のときのことでありました。
 『選択(せんじゃく)本願念仏集』は、法然さま を 尊敬されていた、関白(かんぱく)・九条兼実(くじょうかねざね)の願いによって、法然さま が 筆をとられたものです。そこには、真宗のかなめ、南無阿弥陀仏の こころ が、あますところなくおさめられています。それに、こんなにわかりやすい お念仏の書物は、ほかに ありません。ほんとうに、この書物は、稀にみる すぐれた教えであり、この上ない 深い精神生活が こめられている、貴重な聖典なのです。
 だが、長い年月のあいだに、法然さま の 教え を 受けた者は 大ぜいおられたのですが、法然さま と、親しい、親しくない に かかわらず、その書を拝読し、しかも 書き記すことを許された者は、ほんの わずかの人たち だったのです。それなのに、今、この私は、この書を写すことを許され、その上、法然さま の お姿 まで えがくことができました。これはひとえに、こんな私のようなもの を よみがえらせずには おかないと はたらきかける、お念仏の教えのおかげです。それは また、私が明るい生き生きとした人生に眼(まなこ)を開かせていただいた記念の できごと と いってもよいのでしょう。だから、私は、身も心も おどるような感激をこめて、この由来(ゆらい)を書きとめているのです」と。