下巻 第四段 箱根示現

このエントリーをはてなブックマークに追加

下巻 第四段 箱根(はこね)示現(じげん)

聖運寺蔵『親鸞聖人御絵伝』


〈 御伝鈔 意訳 〉『親鸞聖人伝絵-御伝鈔に学ぶ-』東本願寺出版部より

 親鸞さまは、関東での約二十年にわたる生活に別れをつげ、京(きょう)へ戻るための旅におたちになりました。ある晩のこと、箱根のけわしい山路(やまじ)にさしかかったとき、もうあたりには人影もありませんでした。ようやく人家(じんか)らしいものを見つけたときには、もう夜もふけて、月は山のうしろに傾きかけていました。
 親鸞さまが、人家の方へ歩みよられたとき、どこからともなく、装いも正しい老人が現れて、うやうやしく次のように話すのでした。
 「この地方のならわしで、権現(ごんげん)さまに仕える者たちが集まって、夜通し、祭りに興(きょう)じておりました。私もその中にいて、さて、そろそろおいとましようかと思っていた矢さきに、夢うつつのうちに権現さまが私の前に立たれ、私が尊敬している客人が、今この道をお通りになります。だから失礼にならないように、特にていねいに おもてなしするように、と いわれたのです。そして、そのお告げが終わるか終わらないうちに、あなたさまのお姿が、突然現れたのです。あなたさまは、きっと、ただ人ではございません。神さまのお告げは うそではございませんでした。さあ、どうぞこちらへおいでください」
老人は深く頭を下げて、親鸞さまをご案内し、さまざまな珍味をととのえて おもてなしするのでした。


〈 御伝鈔 原文 〉

聖人、東関(とうかん)の堺(さかい)を出(い)でて●花城(かせい)の路(みち)におもむきましましけり●或日(あるひ)晩陰(ばんにん)におよんで●箱根の険阻(けんそ)にかかりつつ●遥(はるか)に行客(こうかく)の蹤(あと)を送り(おくッ)て●漸(ようやく)人屋(じんのく)の樞(とぼそ)にちかづくに●夜(よ)も、すでに暁更(きょうこう)におよんで●月も、はや孤嶺(これい)にかたぶ(ム)きぬ●時(とき)に聖人、あゆみよりつつ●案内したまうに●まことに齢(よわい)傾(かたむ)きたる翁(おきな)の●うるわしく装束(しょうぞき)たるが●いとこととく出会(いであ)いたてまつり(ッ)ていう様(よう)●「社(しゃ)廟(びょう)ちかき所(ところ)のならい●巫(かんなぎ)どもの、終夜(よもすがら)あそびし侍(はんべ)るに●おきなもまじわりつるに●いまなんいささかよりい侍(はんべ)ると、思うほどに●夢にもあらず、うつつにもあらで●権現(ごんげん)仰(おお)せられて云(い)わく●「只今(ただいま)、われ尊敬(そんきょう)をいたすべき客人●此(こ)の路(みち)を過(す)ぎ給(たも)うべき事あり●かならず慇懃(いんぎん)の忠節(ちゅうせッ)を(ト)抽(ぬきん)でて●殊(こと)に丁寧の饗応(きょうおう)を儲(もうく)くべし」と云々(うんぬん)● 示現(じげん)いまだ覚(さめ)おわらざるに●貴僧(きそう)忽爾(こッじ)として影向(ようごう)し給(たま)えり●何(なん)ぞただ人(びと)にましまさん●神勅(しんちょッ)是(これ)炳焉(へいえん)なり●感応(かんのう)最(もッとも)恭敬(くぎょう)す」といい(ッ)て●尊重(そんじゅう)崛請(くッしょう)したてまつり(ッ)て●さまざまに飯食(ぼんじき)を粧(よそ)い●色々(いろいろ)に珍味(ちんみ)を(↑)調(ととの)えけり●