下巻 第五段 熊野(くまの)示現(じげん)
聖運寺蔵『親鸞聖人御絵伝』
〈 御伝鈔 意訳 〉『親鸞聖人伝絵-御伝鈔に学ぶ-』東本願寺出版部より
故郷に帰られた親鸞さまは、自分の足跡をふりかえってみると、一つ一つのできごとが、夢か幻のように思われるのでした。
その昔、長安(ちょうあん)、洛陽(らくよう)のように栄華を誇った都さえ、その夢のあとは、見苦しく、悲しいものだ、ということをしみじみと感じられた親鸞さまは、何も持たない人生こそ、最も さわやかな生きざまだ と受けとめられて、どこともなく、転々と移り住まわれるようになりました。あるとき親鸞さまは、五条(ごじょう)西洞院(にしのとういん)のあたりがお気に入りになり、しばらくそこに落ちつかれることになりました。そこで、親鸞さまのお弟子たちは、そのことを伝え聞き、教えを受けようと、遠路はるばるやってくるのでした。
その中に、常陸国(ひたちのくに)那荷西郡(なかのさいのこおり)大部郷(おおぶのごう)の住人、平太郎という人がおりました。かねてから親鸞さまの教えを喜ぶ人でした。
その平太郎が、あるとき村の生活のおつきあいで、熊野神社へ参詣することになりました。だが、自分をごまかすことのできない、まじめな平太郎は、南無阿弥陀仏の教えに育てられて生活している者が、神さまを拝みに行くなどというのはどう考えてもおかしい。そんなことをまわりの人たちとのおつきあいにせよ、念仏者がやってもよいのだろうか、と、疑問を持つようになったのです。そこで、何となく気持がすっきりしないので、親鸞さまを訪ねたのです。
親鸞さまは、そのとき平太郎に向かって、次のようにお話になりました。
「一口に、仏の教えといっても、さまざまな かたちのものがあります。どの教えでも、その教えの通りに修行することができるならば、必ず目覚めることができるのでしょう。だが、お釈迦さまが亡くなられてから一千有余年もたってしまったこの末法(まっぽう)の時代と呼ばれる現在、輝かしい伝統を有する聖道門の教えも形だけのものとなり、とても愚かな私たちが歩めるような道ではなくなりました。そのことはすでに、『私たちが生きるこの末法の世にあっては、何億という人々が一生懸命教えのように修行し、道を学んでも、いまだかつて、一人としてさとりをひらいた人などいないではないか』と指摘されているし、また『こういう何が正しいか、何がまちがっているのか、わからない世の中では、南無阿弥陀仏の教えに導かれて生きる、浄土の一門しか、私たちが確実によみがえる道はないのです』と教えられています。これはみな経典や、釈文(しゃくもん)に はっきりと記されている真実の金言(きんげん)なのです。
今、私たちは、その浄土の道の正しい いわれについて、インド、中国、日本の三国の大先輩の諸先生方から、あきらかに聞き開くことができるのです。だからこのことは、この愚か者の親鸞が、あらためて何か特別な理論をたてて、皆さんに勧めなければならないようなことは何もないのです。
けれども、南無阿弥陀仏の教えに、ただひとすじに導かれ、育てられて生きることこそ、浄土往生の明るい人生へのかなめであり、真宗の根本精神なのです。このことは、すでに、浄土三部経(『大無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』)に、あるいは、暗示的に説かれていたり、あるいは、そのものずばりとあらわされている、という違いはあっても、それぞれ南無阿弥陀仏のいわれがはっきりと教えられているのです。
『大無量寿経』に、できのよい人、ふつうの人、そして どうにもならない だめ人間が、それぞれ、どうすれば よみがえることができるか(三輩(さんぱい)往生)が説かれているところに、どの人もただひとすじに無量寿仏を念ぜよ(南無阿弥陀仏の教えに導かれ、育てられる身となれ)、と勧められ、経典の終わりの流通分(るずうぶん)には、弥勒(みろく)菩薩に、仏教がみんな何の力もなくなった にせものばかりになっても、南無阿弥陀仏は人々の生きる ささえとして はたらくであろうと説かれています。
また『観無量寿経』の、この世になくてはならない人から、この世にいない方(ほう)がよい だめ人間まで九通りの人間が、どうすれば救われるのか(九品(くぼん)往生)を説かれたところにも、この南無阿弥陀仏に育てられていく心を、一、まじめな心、二、深く私を知り 法を知る心、三、如来の願いに生きる心、というように、まずだれにもわかりやすいようにあらわされ、それを阿難(あなん)尊者(そんじゃ)に、後の世の人々に、まちがいのないように伝えよ、と教えられているのです。
さらに、『阿弥陀経』には、お釈迦さまが、ただひとえに南無阿弥陀仏のみ名(な)を受けたもつように、と教えられたとき、あらゆる世界の仏(目覚めた人)たちが、こぞって、その南無阿弥陀仏に育てられる世界をほめたたえられた、とあらわされているのです。
そして、その浄土三部経をいただかれた、インドの世親(せしん)(天親(てんじん))菩薩は、『世尊(せそん)よ、私は ただ ひとえに、どんな逆境も、すばらしい人生をかたちづくる素材に変える、さわりなき光の仏(阿弥陀如来)の願いをいただいて、ほんとうの やすらぎの世界に生まれたいと思います』と告白され、また中国の善導(ぜんどう)大師(だいし)は、『阿弥陀如来のほんとうの願いは、ただすべての人に、南無阿弥陀仏の教えを与えよう、ということなのです』と、説かれているのです。
このように、私たちは、どの経釈(きょうしゃく)をひもといても、ただひとえに南無阿弥陀仏の教えに導かれて生きよ(一向(いっこう)専念(せんねん))という いわれを知ることができるのです。だから、熊野(くまの)権現(ごんげん)という、人々がみな、自分だけの欲望を満足させる祈りのために集まる所にはちがいないが、仮に神さまという かたちをとって人々の心をひきつけている その根源をたずねていけば、その深みには、阿弥陀の本願が生き生きと躍動しているのです。
何とかして、目さきの楽しみにふりまわされている私たちとご縁を結び、真実の人生を歩ませたい、というのが如来の願いです。そのために、だれでもよくわかるように、仮に何でも願いをかなえてくださる権現さまの姿となって、私たちの前に現れておられるのでしょう。権現さまがこの世に存在する意義は、ただひとえにできるだけ大ぜいの人々とご縁を結んで、阿弥陀の世界へ目覚めさせようとするところにあるのです。
ですから、阿弥陀の親心とめぐりあって、念仏の生活を喜ぶ人であっても、この世で生活するかぎり、さまざまなおつきあいによって、神社に参らなければならないこともあるでしょう。でも、それは決して自分から進んで神さまにお祈(いの)りしてご利益を得ようというのではないのでしょう。中味は からっぽで、うそ いつわりに充(み)ちみちている自分のほんとうの姿に気がつかせていただいた今、神さまの前だからといって、どうして外側だけ美しく飾って、ごまかすことができましょうか。ただ神さまの背後に感じられる、こんな うそ いつわりの生活をしている私まで、決して見捨てることのない、阿弥陀の親心に身をまかせるばかりなのです。これはほんとうに有難いことです。神さまをばかにするのではないのです。ただ ゆめゆめお祈りすれば願い事をかなえてもらえる、などと自分のあさましい心をたなにあげて、虫のよいことを願ってはなりません」と。
そこで平太郎は熊野に参りましたが、道中とりたてて身を清めたり、これをしなければバチがあたるなどと、縁起をかつぐようなことはしませんでした。ただ ふだんと同じように振る舞い、素顔のまま、旅を続けたのです。
さて、このような寝ても覚めても、朝から晩まで、阿弥陀の親心のままに、念仏の教えを喜び、師の教えを忘れずに旅を続け、無事 熊野に到着した夜のこと、平太郎は夢を見たのです。神殿のとびらが開かれて、正装した人が現れていうことには、
「お前は どうして神を恐れずに、そのような汚い姿のまま ここに参ったのか」と。
そのとき その威厳のある人の前に、突然どこからともなく親鸞さまが現れて、おすわりになり、
「この人は私と一緒に南無阿弥陀仏の教えに導かれて生きる者です」と、
おおせられたのです。
すると、そのお方は、手にもった笏(しゃく)を正して、特に うやうやしく頭をさげて、ただ うなずくばかりでした。そこで平太郎は夢から覚めたのです。
それはほんとうに不思議な夢でした。熊野からの帰り道、平太郎は、親鸞さまのもとに立ち寄り、くわしくそのことをお話すると、親鸞さまは、「なるほど それでよかったのです」といわれました。これもまた不思議なことでありました。
〈 御伝鈔 原文 〉
聖人、故郷に帰り(かえッ)て往事(おうし)をおもうに●年々(ねんねん)歳々(せいせい)夢のごとし、幻(まぼろし)のごとし●長安(ちょうあん)・洛陽(らくよう)の栖(すみか)も●跡(あと)をとどむるに嬾(ものう)しとて●扶風(ふふう)馮翊(ふよく)、ところどころに移住したまいき●五条、西洞院(にしノとういん)わたり●一つの勝地(しょうち)なりとて●しばらく居(きょ)をしめたまう(モオ)●今比(このころ)、いにしえ●口決を(くけット)伝え、面受(めんじゅ)を遂(と)げし門徒等(ら)●おのおの好(よしみ)を慕(した)い●路(みち)を尋(たづ)ねて参集(さんじゅう)したまいけり●
其(そ)の比(ころ)●常陸国(ひたちノくに)那荷西郡(なかノさいノこおり)●大部郷(おおぶノごう)に●平太郎なにがしという庶民あり●聖人の御訓(おんおしえ)を信じて●専(もっぱ)ら弐(ふたごころ)なかりき●しかるに、或時(あるとき)件(くだん)の平太郎●所務(しょむ)に駈(か)られて熊野に詣(けい)すべしとて●事(こと)のよしをたずね申(もう)さんために●聖人へまいりたるに●仰(おお)せられて云(のたま)わく●「それ、聖教(しょうぎょう)万差(まんじゃ)なり●いずれも機(き)に相応(そうおう)すれば巨益(こやく)あり●但(ただし)、末法(まッぽう)の今時(いまノとき)●聖道(しょうどう)の修行におきては、成(じょう)ずべからず●すなわち●「我(が)、末法(まッぽう)時(じ)中(ちゅう)億々(おくおく)衆生●起行(きぎょう)修道(しゅどう)未有(みう)一人(いちにん)得者(とくしゃ)」(安楽集)といい「唯有(ゆいう)浄土一門(いちもん)可(か)通(つう)入路(にゅうろ)」(同)と云々(うんぬん)●此(これ)皆(みな)経釈(きょうしゃく)の明文(めいもん)、如来の金言(きんげん)なり●しかるに今(いま)●唯有(ゆいう)浄土の真説(しんせッ)に就(つ)いて●忝(かたじけな)く、彼(か)の三国(さんごく)の祖師(そし)●各(おのおの)此(こ)の一宗(いッしゅう)を興行(こうぎょう)す●所以(このゆえ)に●愚禿(ぐとく)、勧(すすむ)るところ、更(さら)にわたくしなし●しかるに、一向専念(いッこうせんねん)の義(ぎ)は、往生の肝腑(かんぷ)●自宗(じしゅう)の骨目(こッぼく)なり●すなわち、三経(さんぎょう)に隠顕(おんけん)ありといえども●文(もん)と云(い)い、義(ぎ)と云(い)い●共(とも)に明(あき)らかなるをや●『大経(だいきょう)』の三輩(さんぱい)にも●一向(いッこう)と勧(すす)めて●流通(るずう)にはこれを弥勒(みろく)に附属(ふぞく)し●『観経(かんぎょう)』の九品(くほん)にも●しばらく三心(さんじん)と説(と)きて●これまた阿難(あなん)に附属(ふぞく)す●『小経(しょうきょう)』の一心(いッしん)、ついに諸仏(しょぶッ)これを証誠(しょうじょう)す●之(これ)によって、論主(ろんじゅ)一心(いッしん)と判(はん)じ●和尚(かしょう)、一向(いッこう)と釈(しゃく)す●しかればすなわち●何(いずれ)の文(もん)により(ッ)て●専修(せんしゅ)の義(ぎ)、立(りッ)すべからざるぞや●証誠殿(しょうじょうでん)の本地(ほんじ)、すなわちいまの教主(きょうしゅ)なり●かるが故(ゆえ)に●とてもかくても●衆生に結縁(けちえん)の心(こころ)ざしふかきにより(ッ)て●和光(わこう)の垂跡(すいしゃく)をとどめたまう(モオ)●垂跡(すいしゃく)をとどむる本意(ほんに)●ただ結縁(けちえん)の群類(ぐんるい)をして●願海(がんかい)に引入(いんにう)せんとなり●しかあ(カ)れば●本地(ほんじ)の誓願(せいがん)を(ノ)信じて●偏(ひとえ)に念仏(ねんぶッ)を(ト)こととせん輩(ともがら)●公務(くむ)にもしたがい●領主(りょうじゅ)にも駈仕(くし)して●其(そ)の霊地(れいち)をふみ、その社廟(しゃびょう)に詣(けい)せんこと●更(さら)に自心(じしん)の発起(ほッき)するところにあらず●しかれば垂跡(すいしゃく)におき(イ)て●内懐(ないえ)虚仮(こけ)の身(み)たりながら●あながちに、賢善精進(けんぜんしょうじん)の威儀(いぎ)を標(ひょう)すべからず●唯(ただ)本地(ほんじ)の誓約(せいやく)にまかすべし●穴賢(あなかしこ)穴賢(あなかしこ)●神威(しんに)をかろしむるにあらず●努力(ゆめ)努力(ゆめ)、冥眦(みょうし)をめぐらし給(たも)うべからず」と云々(うんぬん)●これにより(ッ)て●平太郎熊野(くまの)に参詣(さんけい)す●道(みち)の作法(さほう)、別(とりわき)整(ととのウル)儀(ぎ)なし●ただ常没(じょうもッ)の凡情(ぼんじょう)にしたがえ(イ)て●更(さら)に不浄(ふじょう)をも刷(かいつくろう)事(こと)なし●行住座臥(ぎょうじゅうざが)に本願を(ノ)仰(おお)ぎ●造次顛沛(そうしてんぱい)に師孝(しきょう)を憑(たのむ)に●はたして無為(ぶい)に参着(さんちゃく)の夜(よ)●件(くだん)の男(おとこ)●夢(ゆめ)に告(つ)げて云(い)わく●
証誠殿(しょうじょうでん)の扉(とびら)をおしひらきて●衣冠(いかん)ただしき俗人(ぞくじん)●仰(おお)せられて云(い)わく●「汝(なんじ)何(なん)ぞ、我(われ)を忽緒(こッしょ)して、汚穢(わえ)不浄(ふじょう)にして参詣(さんけい)するや」と●爾時(そのとき)、かの俗人(ぞくじん)に対座(たいざ)して●聖人、忽爾(こッじ)として見(まみ)え給(たも)う●其(そ)の詞(ことば)に云(のたま)わく●「彼(かれ)は善信(ぜんしん)が訓(おしえ)により(ッ)て、念仏(ねんぶッ)する者(もの)なり」と云々(うんぬん)●ここに俗人(ぞくじん)、笏(しゃく)を直(ただ)しくして●ことに敬屈(けいくッ)の礼(れい)を著(あら)わしつつ●かさねて述(の)ぶるところなしと見るほどに、夢(ゆめ)さめおわり(ン)ぬ●おお(オ)よそ、奇異(きい)のおもいをなすこと、いうべからず●下向(げこう)の後(のち)、貴房(きぼう)にまいりて●くわしく此(こ)の旨(むね)を申(もう)すに●聖人、「其(そ)の事(こと)なり」とのたまう(モオ)●此(これ)また、不可思議の(↑)、ことなりかし●