35 天親菩薩論註解 報土因果顕誓願

↑ 練習した音源(約26分)を入れてみました!
(練習して、録音して、聞き込んでから、やっと やっと 法話をしております。)
近くのご寺院では、下記の内容をプリントに印刷しているので、話の中で「○ページを見てください」というようなことが出てきます。
『音楽素材 : PeriTune URL:https://peritune.com/blog/2019/02/10/cafe_musette/』


《 曇鸞大師(どんらんだいし)(七高僧 第三祖(そ)) 》

『七高僧ものがたり-仏陀から親鸞へ』東本願寺出版部 より

今日 の お言葉

〈 原文 〉
天親菩薩論(ろん)註解(ちゅうげ) 報土(ほうど)因果(いんが)顕(けん)誓願(せいがん)

〈 書き下し文 〉
天親菩薩の論(ろん)、註解(ちゅうげ)して、報土(ほうど)の因果(いんが)、誓願(せいがん)に顕(あらわ)す。

〈 前回の 曇鸞大師(どんらんだいし) 物語(ものがたり)
  三蔵(さんぞう)流支(るし)、浄教(じょうきょう)を授(さず)けしかば、仙経(せんぎょう)を焚焼(ぼんしょう)して楽邦(らくほう)に帰(き)したまいき。〉
曇鸞大師は、『大集経(だいじっきょう)』という 難解(なんかい)で 六十巻もある お経の註釈(ちゅうしゃく)の作成に
没頭(ぼっとう)しすぎるあまり、病(やまい)にかかられ、
「広大な仏法を極(きわ)めるためには、健康な心身(しんしん)と長寿(ちょうじゅ)を得なければならない・・」
と、迷われ、長寿(ちょうじゅ)の秘訣(ひけつ)を教える仙人(せんにん) として有名だった 陶弘景(とうこうけい) の弟子(でし)となって、長生(ちょうせい)不老(ふろう)の術(じゅつ)を説(と)いた道教(どうきょう)の経典(きょうてん) 十巻 を授(さず)けられた。
そして、意気揚揚(いきようよう)と自信にあふれて、故郷に帰ろうとしていた所、
有名な インドの高僧 三蔵法師(さんぞうほうし)の菩提流支(ぼだいるし) との 劇的(げきてき)な出遇(であ)い によって、
「長生(ちょうせい)不老(ふろう)などというものは、私の愚(おろ)かな欲(よく)望(ぼう)に過(す)ぎなかった・・」
と気づかれたのでした。
そして、菩提流支(ぼだいるし)から、ご自身が翻訳(ほんやく)された『浄土論』天親菩薩 著(ちょ) を授(さず)けられ、
大切にしておられた仙経(せんぎょう)を惜(お)しげもなく焼き捨て、
いただかれた『浄土論』を読み解き、心を大きく ひるがえされて、
無量寿(長さ とは関係のない命)を教える「楽邦(らくほう)」(阿弥陀様の安楽浄土に往生する教え)に深く帰依(きえ)されたのでした。

 ↓

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〈 正信偈の言葉の意味 〉
「天親菩薩の論(ろん)」
 七高僧 第二祖 天親菩薩が記された『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』の解説書『浄土論(ろん)』。
 天親菩薩は、「自らの力によって悟りを得ようとするのは誤(あやま)り であり、「すべての人を浄土に迎え入れたい」と願われた 阿弥陀様の本願 に素直(すなお)に身をゆだねることこそが 真実である!」と、気づかされ、お釈迦様 が 阿弥陀様 の ご本願のこと を お説きになられた『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』を しっかりと受け止め、「わかりやすいように」と註釈(ちゅうしゃく)を施(ほどこ)し解説をされた。また、ご自身の「お浄土へ生まれたい」という お気持ちを込めて『浄土論(ろん)』を記された。
 その『浄土論(ろん)』を、インドの高僧 三蔵法師(さんぞうほうし)の菩提流支(ぼだいるし)が、中国語に翻訳(ほんやく)され、曇鸞大師(どんらんだいし)に授(さず)けられた。

 ↓
「註解(ちゅうげ)して」
 その『浄土論』に、今度は、曇鸞大師が、「もっと、わかりやすいように」と註釈(ちゅうしゃく)を施(ほどこ)し解説をされた『浄土論註(ちゅう)』を記された。つまり、『浄土論註(ちゅう)』は、『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』の註釈(ちゅうしゃく)の註釈(ちゅうしゃく) ということにもなる。

 ↓
浄土真宗では、七高僧として、龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)・天親菩薩(てんじんぼさつ)・曇鸞大師(どんらんだいし)・道綽禅師(どうしゃくぜんじ)・・と、
七人の高僧が讃(たた)えられているが、インドの お二人 龍樹菩薩には「龍樹菩薩の学問」があり、天親菩薩には「天親菩薩 独特の学問」があり、年代も 百二十年の隔(へだ)たり があって、「お二人の間には、なにも関係がなかった」と言ってもいいほどだった。

 ↓

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龍樹菩薩は、学問の成果(せいか)を、多くの書物に著(あらわ)しておられるが、その中で「お念仏のこと」が出てくるのは、わずかに『十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)』の「易行品(いぎょうぼん)」の所に チラッと出てくるだけだった。

 ↓
天親菩薩も「千部(せんぶ)の論師(ろんし)」と いわれる くらい 多くの書物 を 著(あらわ)しておられるが、その中に『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』を基(もと)とした著書(ちょしょ)は、わずかに『浄土論』一冊だけだった。

 ↓
そのようなことから、どうも 龍樹菩薩と天親菩薩は、一つの、同じ学派(がくは)の流れの中におられた、ということではないようです。

 ↓
ところが、その一見(いっけん) 無関係のような お二人の間柄(あいだがら) を 一つの流れ として、「お二人 は、一つの、お念仏の流れの中におられた方々なんだ。
龍樹菩薩が 明らかにしよう と されたことを、天親菩薩も ちゃんと 明らかにしておられる。
天親菩薩こそ が、龍樹菩薩の流れ を 受けられた方なんだ。」と 見抜いて 抑(おさ)えてくださった方が、曇鸞大師なのです。

 ↓
「どうして、曇鸞大師が、そのように見抜くことができたのか」と いうと、幸いなことに、曇鸞大師は、菩提流支(ぼだいるし)との 劇的(げきてき)な出遇(であ)い によって、天親菩薩の『浄土論』を授(さず)けられました。
そして、それ以前に勉強しておられたのが、龍樹菩薩の仏教 だったのです。
(曇鸞大師は、龍樹菩薩が書き残された『中論(ちゅうろん)』『十二門論(じゅうにもんろん)』『大智度論(だいちどろん)』と、龍樹菩薩の直弟子の聖提婆(しょうだいば)が書かれた『百論(ひゃくろん)』を 依(よ)りどころ として 仏教を学ぶ人々の集まり「四論宗(しろんしゅう)」に属(ぞく)して、大変すぐれた学僧として尊敬されていた。)

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龍樹菩薩の多くの書物の中で わずかに「お念仏のこと」が出てくるのが、『十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)』の「易行品(いぎょうぼん)」。「易行(いぎょう)」とは「易行道(いぎょうどう)‐お念仏によって お浄土に導(みちび)いていただく易(やさ)しい道(みち)」のこと。
曇鸞大師は、その書物にも目を通しておられたので、天親菩薩の『浄土論』を読まれた時に、「あっ、これは、お念仏のことだ」と気が付いた。
「『浄土論』とは、『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』によって、お念仏の道 を明らかにされた ご書物だ」
と、気が付かれたのです。

 ↓
もし、曇鸞大師が お出ましにならなかったら、おそらく 龍樹菩薩 は 龍樹菩薩、天親菩薩 は 天親菩薩、というように、なにも関係がない ということになってしまい、浄土真宗の伝統が、七高僧の伝統が、果たして 今のように はっきりとしてきたか どうかは、はなはだ疑問なのです。
そのようなこともあり、「曇鸞大師が お出ましになられた!」ということには、非常に大事な意味があり、「曇鸞大師がおられて、初めて、浄土真宗が成り立つことができた!」
と言っても過言(かごん)ではないほどの、非常に大きな ご恩 と ご功績 があり、親鸞聖人が大事にしておられるわけです。

 ↓ また、

「菩薩」が書かれた ご書物 を「論(ろん)」といい、「高僧」が書かれた ご書物 を「釈(しゃく)」と いい 区別をする、ということがある。
天親菩薩が書かれた『浄土論』を、曇鸞大師が解釈して かみ砕いて わかりやすくしてくださった ご書物 が『浄土論註(ちゅう)』。(省略して、『論註(ろんちゅう)』と いっている)

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親鸞聖人が記(しる)された『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』に、何度も『論註(ろんちゅう)』の お言葉 が引用(いんよう)されていて、その中に一カ所だけ『論註(ろんちゅう)』と いわずに、『註論(ちゅうろん)』と いっておられる所がある。これは、親鸞聖人の「『浄土論註(ちゅう)』は、単なる『浄土論』を註釈(ちゅうしゃく)しただけの ご書物 ではない、
註釈(ちゅうしゃく)(語句の意味を解説したり、補足的な説明を加えたりしたりする)という形をとった 論(ろん)(仏教を わかりやすく説(と)いた文献(ぶんけん))だ!」という お気持ち を 表している。
つまり、親鸞聖人は、『浄土論註(ちゅう)』を「菩薩が書かれた ご書物」として扱(あつか)っておられる。
それで、「正信偈では、「高僧」に対して、「菩薩」を重く扱っておられる」ということがあり、インドの龍樹菩薩・天親菩薩を讃(たた)える お言葉 に 六行(ぎょう)十二句(く)を費(つい)やしておられ、曇鸞大師は「中国の高僧」なのに、同じく 六行十二句の お言葉 で讃(たた)えられ、「菩薩」として扱(あつか)っておられる、ということがある。
(道綽禅師(どうしゃくぜんじ)からの高僧方は、四行八句 の お言葉 で讃(たた)えておられる。)

 ↓
《 龍樹章(りゅうじゅしょう) 》
釈迦如来(しゃかにょらい)楞伽山(りょうがせん) 為(い)衆(しゅう)告命(ごうみょう)南天竺(なんてんじく)  龍樹大士(りゅうじゅだいじ)出(しゅッ)於(と)世(せい) 悉(しつ)能(のう)摧破(ざいは)有無(うむ)見(けん) 宣説(せんぜつ)大乗無上法 証(しょう)歓喜地(かんぎじ)生(しょう)安楽(あんらく)  顕示(けんじ)難行(なんぎょう)陸路(ろくろ)苦(く) 信楽(しんぎょう)易行(いぎょう)水道(しいどう)楽(らく) 憶念(おくねん)弥陀仏本願 自然(じねん)即(そく)時(じ)入(にゅう)必定(ひつじょう)  唯(ゆい)能(のう)常(じょう)称(しょう)如来号(ごう) 応(おう)報(ほう)大悲弘誓(ぐぜい)恩 

《 天親章(てんじんしょう) 》
天親菩薩造(ぞう)論(ろん)説(せつ) 帰命無碍光如来(むげこうにょらい)  依(え)修多羅(しゅたら)顕(けん)真実 光闡(こうせん)横超(おうちょう)大誓願 広(こう)由(ゆ)本願力(ほんがんりき)回向 為(い)度(ど)群生(ぐんじょう)彰(しょう)一心(いっしん)  帰入(きにゅう)功徳大宝海(だいほうかい) 必(ひつ)獲(ぎゃく)入(にゅう)大会衆(だいえしゅ)数(しゅ) 得(とく)至(し)蓮華蔵世界(れんげぞうせかい) 即(そく)証(しょう)真如法性(しんにょほっしょう)身(しん)  遊(ゆ)煩悩林(りん)現(げん)神通(じんづう) 入(にゅう)生死(しょうじ)園(おん)示(じ)応化(おうげ)

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《 曇鸞章(どんらんしょう) 》
本師(ほんじ)曇鸞(どんらん)梁(りょう)天子(てんし) 常(じょう)向(こう)鸞(らん)処(しょ)菩薩礼(らい)  三蔵(さんぞう)流支(るし)授(じゅ)浄教(じょうきょう) 焚焼(ぼんしょう)仙経(せんぎょう)帰(き)楽邦(らくほう) 天親菩薩論(ろん)註解(ちゅうげ) 報土(ほうど)因果(いんが)顕(けん)誓願(せいがん)  往(おう)還(げん)回向由(ゆ)他力 正定(しょうじょう)之(し)因(いん)唯(ゆい)信心 惑染(わくぜん)凡夫(ぼんぶ)信心発(ほつ) 証知(しょうち)生死(しょうじ)即(そく)涅槃(ねはん)  必(ひっ)至(し)無量光明土(ど) 諸有(しょう)衆生皆(かい)普(ふ)化(け)

《 道綽章(どうしゃくしょう) 》
道綽(どうしゃく)決(けッ)聖道(しょうどう)難(なん)証(しょう) 唯(ゆい)明(みょう)浄土可(か)通入(つうにゅう)  万善(まんぜん)自力(じりき)貶(へん)勤修(ごんしゅ) 円満(えんまん)徳号(とくごう)勧(かん)専称(せんしょう) 三不三信(さんぷさんしん)誨(け)慇懃(おんごん) 像末法滅(ぞうまつほうめつ)同(どう)悲引(ひいん)  一生(いっしょう)造(ぞう)悪(あく)値(ち)弘誓(ぐぜい) 至(し)安養界(あんにょうかい)証(しょう)妙果(みょうか)

 ↓
人は、自(みずか)らが起こす煩悩 によって、自(みずか)らを、悩(なや)ませ 苦(くる)しめています。
しかも、悩(なや)み苦(くる)しみの原因が、自(みずか)らが起こす煩悩にある ことすら わかっていないのです。さらにまた、自分が現(げん)に それほどにまで悩み苦しむ状態にある ことにも気づいていないのです。目先の快楽 に 眼を奪われているからです。

 ↓
お釈迦様は、このような私達 を 哀(あわ)れんで『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』を お説きになられました。
「そのような者こそを助けよう」と されているのが「阿弥陀様 の ご本願」であることを教えられたのです。

 ↓
お釈迦様が お説きになられた 阿弥陀様の本願他力の教え を さらに明らかにされたのが天親菩薩です。
そして、天親菩薩の教え を さらに明確にされたのが、曇鸞大師だったのです。
親鸞聖人は、お釈迦様と天親菩薩と曇鸞大師とが説き示された ご本願の伝統 に、ご自分の位置を見定められて、自(みずか)ら「釈(しゃく)親(しん)鸞(らん)」と名乗(なの)られたのでした。

 ↓

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天親菩薩は『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』によって、『浄土論』を造(つく)られました。
そして、曇鸞大師の非常に大事な所は、その『浄土論』を、今一度、『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』に戻って、照らし合わせながら、『浄土論註(ちゅう)』で解釈をしてくださり、天親菩薩が『浄土論』で記すことができていなかった所まで『浄土論註(ちゅう)』に記してくださった、という所です。
その一つが「報土(ほうど)の因果(いんが)、誓願(せいがん)に顕(あらわ)す」ということでありました。

 ↓
〈 正信偈の言葉の意味 〉
「報土(ほうど)」‐阿弥陀様の お浄土 のこと。阿弥陀様 の お浄土 は、阿弥陀様 の ご本願 が 成就した世界。願い が 報(むく)いられた国(こく)土(ど)。
  ↓
 「酬報(しゅうほう)」とも いい、世間では「報酬(ほうしゅう)」という言葉になった。
 いろいろな技術を持っている人達に、仕事を依頼して、自分ができなくて困っていた所を助けてもらう。
 「大変 お世話になりました、ありがとうございました!」という気持ちを込めて、差し上げるもの を 報酬(ほうしゅう)という。
 報酬(ほうしゅう)という言葉 も、「行(おこな)いに報(むく)いる、努力に報(むく)いる」ということが表されている。

 ↓
「報土(ほうど)の因果(いんが)、誓願(せいがん)に顕(あらわ)す」
 「お浄土 の、
 ・「因(いん)(原因)‐お浄土が現れる原因となった出来事」も、
 ・「果(か)(結果)‐現れた お浄土の姿・お働き」も、
 ・「お浄土に往生する因(いん)(原因)‐お念仏」も、
 ・「お浄土に往生する という果(か)(結果)‐成仏(じょうぶつ)」も、
 その すべて が、阿弥陀様の誓願(せいがん)に基(もと)づく。お浄土は ご本願の世界なのです!」

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という「阿弥陀様の ご本願 の お働き」を 完全な「他力」として、曇鸞大師は、明らかにしてくださった。

 ↓
阿弥陀様が仏(ぶつ)になられる前は、法蔵(ほうぞう)という名の菩薩 で あられました。
そのとき、法蔵菩薩は、
「自分の力では往生できるはずのない人 が 往生できる浄土 を 建立したい」
と 願われました。そして、
「もし その願いが実現しないのであれば、自分は仏(ぶつ)には ならない」
と 誓(ちか)い、「四十八の誓願(せいがん)」を立てられたのです。

 ↓
そして、法蔵菩薩は、その「誓願(せいがん)」を実現するために、五劫(ごこう)という果(は)てしなく長い時間 修行をしてくださった。
(天親菩薩は、この修行を「五念門(ごねんもん)の行(ぎょう)」と押さえられている。)
(「願い」を実現するためには、そのための「行(おこな)い」が無ければならない。
 「願う」だけでは、単(たん)に「希望」しているだけ。
 「願い」を実現するための「行(おこな)い」が無ければ、「願い」は実現しない。)

 ↓
「法蔵菩薩の 誓願(せいがん) と 修行 によって現(あらわ)れた世界」が「お浄土」です。
そして、現に 今、法蔵菩薩 は 阿弥陀仏 に 成(な)られている。
そのことが、「願(ねが)い と 誓(ちか)い と 行(おこな)い が すべて報(むく)いられている」ことを表している。

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まとめ

今日 の お言葉
〈 原文 〉
天親菩薩論(ろん)註解(ちゅうげ) 報土(ほうど)因果(いんが)顕(けん)誓願(せいがん)    

〈 書き下し文 〉
天親菩薩の論(ろん)、註解(ちゅうげ)して、報土(ほうど)の因果(いんが)、誓願(せいがん)に顕(あらわ)す。

〈 意訳 〉
曇鸞大師は、天親菩薩の『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』の解説書『浄土論(ろん)』を、「もっと、わかりやすいように」と、今一度『仏説(ぶっせつ) 無量寿経(むりょうじゅきょう)』に『浄土論(ろん)』を照らし合わせながら、註釈(ちゅうしゃく)を施(ほどこ)し解説をされた『浄土論註(ちゅう)』を記してくださった。
そして、『浄土論』で記されていなかった お心 を『浄土論註(ちゅう)』に明らかにしてくださっている。その一つが、
「阿弥陀様の お浄土 は、法蔵菩薩であられたときに立てられた 四十八の誓願(せいがん) とその誓願(せいがん)を実現するための修行 によって現(あらわ)れた世界であり、阿弥陀様の十劫(じっこう)という果(は)てしなく長い ご苦労 があって 現れた、
 ご本願 が 報(むく)いられた国(こく)土(ど)(報土(ほうど))なのです。だから、
 ・「因(いん)(原因)‐お浄土が現れる原因となった出来事」も、
 ・「果(か)(結果)‐現れた お浄土の姿・お働き」も、
 ・「お浄土に往生する因(いん)(原因)‐お念仏」も、
 ・「お浄土に往生する という果(か)(結果)‐成仏(じょうぶつ)」も、
 その すべて が、ご本願 の お働き、完全な「他力」なのです。」
ということでした。

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