43 善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪 光明名号顕因縁 開入本願大智海

↑ 練習した音源(約30分)を入れてみました!
(練習して、録音して、聞き込んでから、やっと やっと 法話をしております。)
下記の内容をプリントに印刷しているので、話の中で「○ページを見てください」というようなことが出てきます。
『音楽素材 : PeriTune URL:https://peritune.com/blog/2018/04/24/gentle_theme/』


《 善導大師(ぜんどうだいし)(七高僧 第五祖) 》

『七高僧ものがたり-仏陀から親鸞へ』東本願寺出版部 より

『正信偈に学ぶ ‐親鸞聖人からの贈り物』狐野(この) 秀存(しゅうぞん) 著(ちょ)
  真(まこと)の宗(むね)

 お釈迦さまの教えは どういう教えなのか、ということは これまで多くの人が懸命に明らかにしてきました。その先人(せんじん)の学びの成果(せいか)が、法相(ほっそう)・三論(さんろん)・華厳(けごん)・天台(てんだい)というような大乗仏教の華(はな)として大きく開きました。しかし、七高僧(しちこうそう)の一人である善導大師(ぜんどうだいし)が直面したのは「誰のための仏教か」という問題です。この仏教の学びの方法的転換(てんかん)において、善導大師(ぜんどうだいし)は「凡夫のための仏教」であることをはっきりおっしゃったのです。万人(ばんにん)に開かれた仏教になったのです。それで親鸞聖人は、声を大きくして「善導(ぜんどう)独明仏(どくみょうぶつ)正意(しょうい)」と ほめたたえられたのです。
 「正信偈」をお勤めする時は、善導大師(ぜんどうだいし)の前のところで一旦(いったん)言葉を区切って、そして「善導(ぜんどう)独明仏(どくみょうぶつ)正意(しょうい)」という言葉を、声をあらためて、少し調子を高くしてお勤めをする形をとっています。それは善導大師(ぜんどうだいし)が浄土真宗にとって特別に重要な意味をもっているからなのです。
 真宗七祖(しちそ)は みな本願念仏を私どもに伝えてくださる大切な お方なのですが、『高僧和讃(こうそうわさん)』などを見ると、親鸞聖人は善導大師(ぜんどうだいし)と源空(げんくう)上人(法然(ほうねん)上人)の お二人に限(かぎ)って「真宗」という名(な)を捧(ささ)げています。この「真宗」とは、仏教を表す言葉です。存覚(ぞんかく)上人が著(あらわ)された『六要鈔(ろくようしょう)』という書物に「真宗は すなわち仏教なり」と述(の)べられています。真宗というのは、いろいろな宗派があるなかの一つだろうと思っている方も いらっしゃると思います。しかし、それは歴史の流れのなかでたまたま一つの宗教団体としての形をとってきたわけであって、真宗という言葉そのものは「仏教」ということなのです。

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 親鸞聖人は 『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』のなかで、この「真宗」という言葉に「マコト・ムネ」と わざわざ振(ふ)り仮(が)名(な)を振(ふ)っています。真宗というのは宗派の名前ではありません。まして単(たん)に お寺の名前でもないのです。文字通り「真(まこと)の宗(むね)」なのです。人が人として この世に いのちを受けて、苦労多(おお)き人生を生きていく、その真(まこと)の宗(むね)です。「このこと一つ」を依(よ)り処(どころ)に、ここに我が人生あり といえるような、そういう真(まこと)の宗(むね)を明らかにする。それが真宗であって、お釈迦さまの教え、ブッダの教え、仏教こそ人間にとっての真(まこと)の宗(むね)だというわけです。
 そして、その お釈迦さまの教えのなかでも、如来の本願の「えらばず、きらわず、見すてず」の摂取不捨(せっしゅふしゃ)の心を明らかにする浄土の教えこそが真宗、仏教なのだということをいっているわけです。
 その「真宗」という言葉を、親鸞聖人は特に善導大師(ぜんどうだいし)と法然(ほうねん)上人に捧げておられます。その理由は、お釈迦さまの教えの こころは偏為(へんい)凡夫だからなのです。人生を生きるなかで真(まこと)の宗(むね)を求め、また真(まこと)の宗(むね)がなければ一歩も進めないのが凡夫という あり方をしている者です。凡夫にこそ真宗、仏教が届けられるべきなのだということを明らかにしているのが善導大師(ぜんどうだいし)と法然(ほうねん)上人であるからなのです。ですから親鸞聖人は特に、善導大師(ぜんどうだいし)と法然(ほうねん)上人は真宗すなわち、仏教を明らかにされた方として ほめたたえているわけです。

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今日 の お言葉

〈 善導章(ぜんどうしょう) 原文 〉
善導(ぜんどう)独(どく)明(みょう)仏(ぶつ)正意(しょうい) 
矜哀(こうあい)定散(じょうさん)与(よ)逆悪(ぎゃくあく) 光明(こうみょう)名号顕(けん)因縁(いんねん) 
開入(かいにゅう)本願大智海(だいちかい)

〈 書き下し文 〉
善導(ぜんどう)独(ひと)り、仏(ぶつ)の正意(しょうい)を明(あ)かせり。
定散(じょうさん)と逆悪(ぎゃくあく)とを矜哀(こうあい)して、光明(こうみょう)名号、因縁(いんねん)(であることを)を顕(あらわ)す。
本願の大智海(だいちかい)に開入(かいにゅう)(せしめてくださった。)

《 七高僧(しちこうそう) 第五祖(そ) 善導大師(ぜんどうだいし)物語(ものがたり) 》
 七高僧(しちこうそう) 第四祖(そ) 道綽禅師(どうしゃくぜんじ)(五六二年 ~ 六四五年)と その最晩年(さいばんねん)の弟子であった善導大師(ぜんどうだいし)(六一三年 ~ 六八一年)が生きられた時代は、分裂していた中国大陸が、「北周(ほくしゅう)」の文帝(ぶんてい)によって、約三百年ぶりに統一され、隋(ずい)(五八一年 ~ 六一八年)という大国になりました。
 日本では、聖徳太子(しょうとくたいし)(五七四年 ~ 六二二年)が、推古天皇(すいこてんのう)の摂政(せっしょう)(天皇に代わって政治を執(と)り行(おこな)う職(しょく))となり、隋(ずい)の技術や制度を学ぶため 遣隋使(けんずいし) を派遣(はけん)しています。
 その後、中国大陸は、唐(とう)(六一八年 ~ 九〇七年)の時代になり、「唐(とう)は、世界で最も強大で豊かな国」と描(えが)かれるほどの大国(たいこく)となり、中国仏教も全盛期(ぜんせいき)となっていき、善導大師(ぜんどうだいし)「中国 浄土教の大成者(たいせいしゃ)」といわれます。
 日本では、善導大師(ぜんどうだいし)が お亡くなりになられてから約百年後になります 八〇四年に第十六回目の 遣唐使(けんとうし) として、最澄(さいちょう)と空海(くうかい)が、唐(とう)に留学(りゅうがく)し 仏教を学び、 日本へ帰って来てから、それぞれ比叡山(ひえいざん) 天台宗(てんだいしゅう)と高野山(こうやさん) 真言宗(しんごんしゅう)を開かれます。当時の日本仏教界は、「唐(とう)に行かなければ、本当の仏教がわからない!」という雰囲気があり、唐への留学に憧(あこが)れる僧侶 が たくさんおられました。

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 さて、善導大師(ぜんどうだいし)は、若(わか)くして出家され、初めは、『維摩経(ゆいまきょう)』や『法華経(ほけきょう)』などのお経 を学ばれていたのですが、後(のち)に、たまたま『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』に出(で)遇(あ)われ、この お経 に説かれている「念仏の教え」を深く学ばれたのでした。
しかし、「念仏の教え」といっても、それは、古くから中国の仏教界で行われていた
「観想(かんそう)の念仏‐心の雑念(ざつねん)を払(はら)いのけて、心を純粋に保(たも)って、集中して、阿弥陀様の お姿 と 極楽浄土のありさま を 心に観察する。」
というものでした。この「観想(かんそう)の念仏」の修行 を 懸命(けんめい)に励(はげ)まれて、やがて 善導大師(ぜんどうだいし)は、ある一定の境地を体験された と伝えられています。
しかし、善導大師(ぜんどうだいし)は、この「観想(かんそう)の念仏」に強く疑問を感じておられました。
 その頃、遠くの玄中寺(げんちゅうじ)で、道綽禅師(どうしゃくぜんじ)も「『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』による念仏の教え」を広めておられました。そのことを、善導大師(ぜんどうだいし)は、伝え聞かれて、さっそく、厳(きび)しい冬の難路(なんろ)を、さまよいながら、玄中寺(げんちゅうじ)に向かわれたのでした。そして、善導大師(ぜんどうだいし)は、道綽禅師(どうしゃくぜんじ)から親(した)しく『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』の講説(こうせつ)を お聞きになり、本願他力の念仏の教え に 目覚められたのです。それは、道綽禅師(どうしゃくぜんじ)が八十歳、善導大師(ぜんどうだいし)が二十九歳の時のことでした。
 その後、善導大師(ぜんどうだいし)は、唐(とう)の都(みやこ)の長安(ちょうあん)に移られ、光明寺(こうみょうじ)を中心に、「称名(しょうみょう)の念仏」の教えを お説きになり、広く民衆(みんしゅう)を教化されたのでした。
 当時の中国には、浄土の教え に 三つの流れ がありました。

一、廬山(ろざん)流‐廬山(ろざん)の東林寺(とうりんじ)におられた慧遠法師(えおんほうし)が、多くの同志(どうし)と共に、阿弥陀仏像の前で自力の「観想(かんそう)の念仏」の修行をしていた。

二、善導(ぜんどう)流‐曇鸞大師(どんらんだいし)・道綽禅師(どうしゃくぜんじ)・善導大師(ぜんどうだいし)によって伝えられた他力の「称名(しょうみょう)の念仏」の教え。

三、慈愍(じみん)流‐三蔵法師の慈愍(じみん)慧日(えにち)が提唱(ていしょう)した念仏と禅(ぜん)とを融合(ゆうごう)させた念仏禅(ねんぶつぜん)の教え。

このうち、日本に伝えられて、栄(さか)えたのが、善導(ぜんどう)流の浄土教だったのです。

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七高僧(しちこうそう) 第七祖(そ) 法然(ほうねん)上人(一一三三年 ~ 一二一二年)が、「偏依(へんね)善導(ぜんどう)一師(いっし)」(偏(ひとえ)に善導(ぜんどう)一師(いっし)に依(よ)る)と宣言され、それが親鸞聖人に受け継がれたのでした。
 また、善導大師(ぜんどうだいし)は、いくつもの著書(ちょしょ)を残しておられますが、その代表的な著作(ちょさく)は、『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』(略(りゃく)して『観経(かんぎょう)』)の註釈書(ちゅうしゃくしょ)『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)疏(しょ)』(四巻(よんかん))です。(略(りゃく)して『観経疏(かんぎょうしょ)』)

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〈 『観経(かんぎょう)』の概略(がいりゃく) 〉
 『観経(かんぎょう)』は、古代インドのマガダという国の王舎城(おうしゃじょう)で 思いもかけない悲劇(ひげき)に出遭(であ)い、深(ふか)い 悩(なや)み 苦(くる)しみ 悲(かな)しみを経験することになった 韋提希夫人(いだいけぶにん)に説かれた お経 です。マガダ国(こく)の王子の阿闍世(あじゃせ)が王位に就(つ)くために、父の頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)を牢獄(ろうごく)に幽閉(ゆうへい)して、食べ物も飲み物も与(あた)えずに死に至(いた)らしめた という痛(いた)ましい事件が起こってしまったのです。
 王妃(おうひ)の韋提希夫人(いだいけぶにん)は、夫(おっと)である王(おう) を 救おう として、ひそかに食べ物や飲み物を牢獄(ろうごく)に運んでいたのですが、それが発覚(はっかく)して、韋提希(いだいけ)は、激怒(げきど)した王子 に 刃(やいば)を向けられ、殺害(さつがい)されそうになったのです。
その場に居合(いあ)わせた大臣達が、王子 を押(お)し止(とど)めたので、韋提希(いだいけ)は殺されずに済(す)みましたが、宮殿(きゅうでん)の奥深い部屋に閉じ込められてしまいました。
頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)は間もなく餓死(がし)してしまいました。
 韋提希(いだいけ)は、突然、敬愛(けいあい)する夫(おっと)が殺(ころ)され、しかも、殺した のは 自分が生み育てた王子であった・・ さらには、「夫が殺されないように」「息子が殺人者にならないように」と、二人を救おうとした自分が、息子に刃(やいば)を向けられた・・
韋提希(いだいけ)は このような深刻な苦悩の中 に突然、投げ込まれたのでした。
 絶望(ぜつぼう)した韋提希(いだいけ)は、お釈迦様に救いを求めます。そして、
「憂(うれ)い悩(なや)みのない、極楽浄土に生まれたい」と願ったのです。お釈迦様は その願いに応(こた)えて、極楽浄土へ往生する方法 として、十六項目(こうもく)の教え を お説きになられました。

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 そのうちの 初めの十三項目(こうもく) は、阿弥陀様の浄土のありさま や、阿弥陀様の お姿を、心(こころ)に想(おも)い浮(う)かべる 観察(かんさつ)の方法 が説かれました。後(あと)の三項目(こうもく) には、人々が それぞれの性質や能力に応(おう)じた修行によって、浄土に往生する様子 が 説かれました。
この教えを聞き、韋提希(いだいけ)は、
“今まさに、私を救うために、私のそば で、まばゆく輝(かがや)いて、空中に立って、手を差し伸べてくださっている阿弥陀様の お姿(住立空中尊(じゅうりゅうくうちゅうそん)‐浄土真宗がご安置している阿弥陀様の絵像(えぞう)・木像(もくぞう)の お姿)”
を拝見(はいけん)し、韋提希(いだいけ)は 心に歓喜(かんぎ)を おぼえ、「三忍(さんにん)‐信忍(しんにん)(自分の本当の姿を知り、本願を疑うことなく信ずる心・喜忍(きにん)(信心によって生(しょう)ずる喜びの心)・悟忍(ごにん)(智慧の光明によって目覚めさせられた心)」を獲(え)て、立ち直ることができたのでした。

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〈 善導大師(ぜんどうだいし)物語(ものがたり) 〉
善導大師(ぜんどうだいし)よりも前に、『観経(かんぎょう)』の註釈書(ちゅうしゃくしょ)は、大変すぐれた学僧が いくつも著(あらわ)されていました。

・地論宗(じろんしゅう)の慧遠(えおん)‐天親菩薩の『十地経論(じゅうじきょうろん)』を もっぱら依(よ)りどころにする宗派の最高の学僧。

・天台宗の智顗(ちぎ)‐『法華経(ほけきょう)』を依(よ)りどころにして 仏教の思想を大きく発展させた宗派の開祖。

・三論宗(さんろんしゅう)の吉蔵(きちぞう)‐龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)などの著作(ちょさく)を依(よ)りどころにして「空(くう)」の思想を大成(たいせい)させた学派の指導者。など・・

善導大師(ぜんどうだいし)は、ご自分の『観経疏(かんぎょうしょ)』を「古今楷定(ここんかいじょう)」と名づけておられます。これは、
「古(いにしえ)の人の解釈(かいしゃく) と 今(ご自分)の解釈 とを 比べて、解釈を正しく確定した」という意味です。それでは、どのように解釈が違うのでしょうか?

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 諸師(しょし)も、それぞれに 解釈の違い はありますが、共通していることは、いずれも、韋提希(いだいけ)を「大権(だいごん)(仏(ぶつ) 菩薩が衆生を救うために、仮(かり)の姿(すがた)を とってこの世に現われた)の聖者(しょうじゃ)」と見ておられる ということです。
『観経(かんぎょう)』には、「韋提希(いだいけ)は愚(おろ)かな凡夫(ぼんぶ)」として説かれていますが、それは、
「聖者(しょうじゃ)が、大衆(たいしゅう)を導(みちび)くための方便(ほうべん)(真実を、人間に近づけて表す)として、
仮に そのような姿をとっている」と解釈されたのです。このため、『観経(かんぎょう)』は、「聖者(しょうじゃ)が往生するための お経」と なっていました。
 これに対して、善導大師(ぜんどうだいし)は、韋提希(いだいけ)を
「実業(じつごう)の凡夫‐聖者(しょうじゃ)などではなく、愚(おろ)かな凡夫であり、悩(なや)み苦(くる)しみをもって生きなければならない凡夫の一例(いちれい)。」
と見ておられるのです。ですから、『観経(かんぎょう)』は、「凡夫のために、浄土往生の教えが説かれている お経」ということになるのです。
(凡夫とは「ダメな人間」ということではない。善業(ぜんごう)に もよおされれば善(ぜん)もする。悪業(あくごう)に もよおされれば悪(あく)もする。業(ごう)に もよおされている者 を 凡夫という。私達も凡夫に帰れば、自慢する必要もなければ、卑下(ひげ)する必要もない。非常に明るく、素直で、健康になれる。)
 また、諸師(しょし)は、「厳しい修行によって、浄土の ありさま を 心(こころ)に念(ねん)じ続ける「観想(かんそう)の念仏」に よらなければならない」とされましたが、これに対して、善導大師(ぜんどうだいし)は、そのような特定の人 にしか できない修行 を求めることは、お釈迦様の教え の 本当 の お心 ではない として、
「誰もが称(とな)えられる「称名(しょうみょう)の念仏」こそが往生の道である」と説かれたのです。

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〈 正信偈 の 原文 〉
善導(ぜんどう)独(どく)明(みょう)仏(ぶつ)正意(しょうい)

〈 書き下し文 〉
善導(ぜんどう)独(ひと)り、仏(ぶつ)の正意(しょうい)を明(あ)かせり。

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「善導大師(ぜんどうだいし)だけが独(ひと)り 仏(ぶつ)(お釈迦様)の正意(しょうい)(本当の心)を明(あき)らかにされた」とありますが、仏(ぶつ)の正意(しょうい)を明(あ)かしてくださったのは、なにも、善導大師(ぜんどうだいし)だけでは
ありません。七高僧(しちこうそう) 全員が、仏(ぶつ)の正意(しょうい)を明(あき)らかにしてくださっています。
この お言葉 は、
「中国の諸師(しょし)の中で、善導大師(ぜんどうだいし)だけが『観経(かんぎょう)』を しっかりと読み込まれて、『観経(かんぎょう)』を説かれた お釈迦様の本当の お心 を はっきりと明らかにされた」
ということがいわれている お言葉 なのです。

 ↓ 『観経(かんぎょう)』の お釈迦様の本当の お心 とは、どのような内容であったか?

〈 正信偈 の 原文 〉
矜哀(こうあい)定散(じょうさん)与(よ)逆悪(ぎゃくあく) 光明(こうみょう)名号顕(けん)因縁(いんねん) 
開入(かいにゅう)本願大智海(だいちかい)

〈 書き下し文 〉
定散(じょうさん)と逆悪(ぎゃくあく)とを矜哀(こうあい)して、光明(こうみょう)名号、因縁(いんねん)(であることを)を顕(あらわ)す。
本願の大智海(だいちかい)に開入(かいにゅう)(せしめてくださった。)

〈 言葉の意味 〉
「定散(じょうさん)」
 「定善(じょうぜん)(雑念(ざつねん)を除(のぞ)き、精神を一点に集中する 安定した修行 によって行(おこな)う善(ぜん))」と「散善(さんぜん)(日常の散乱(さんらん)した心のままで修(おさ)める善(ぜん))」のこと。
 どちらの内容も、自分の力を頼(たよ)りにして修(おさ)める 自力の善(ぜん)。
 善行(ぜんぎょう)を積(つ)むことのできる善人 のこと。
 善導大師(ぜんどうだいし)は、『観経(かんぎょう)』で お釈迦様が 韋提希(いだいけ)に説かれた「極楽浄土へ往生する方法 としての十六項目(こうもく)の教え」を、初めの十三項目(こうもく) が「定善(じょうぜん)」、後の三項目(こうもく)が「散善(さんぜん)」とし、このことは 他力 真実の念仏に出(で)遇(あ)う「縁」になること と定義づけた。

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「逆悪(ぎゃくあく)」
 「五逆(ごぎゃく)」と「十悪(じゅうあく)」のこと。
 「定散(じょうさん)の善行(ぜんぎょう)」を積(つ)むことのできない悪人 のこと。

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「五逆(ごぎゃく)」
 一、父を殺す。二、母を殺す。三、聖者を殺す。四、仏(ぶつ) の お体(からだ) を傷つけて血(ち)を流(なが)させる。五、教団を分裂させる。

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このうち、前(まえ)の二つは、阿闍世(あじゃせ)が該当(がいとう)する(母を殺してはいないが、殺そう と思えば罪になる)。後(あと)の三つは、お釈迦様に反逆(はんぎゃく)した提婆達多(だいばだった)が行ったこと(お釈迦様の力を ねたんで,阿闍世(あじゃせ)と結託(けったく)し、お釈迦様を亡(な)き者(もの)にしようと たくらんだ)。
「五逆(ごぎゃく)」とは、私を お育てくださるもの に 背(そむ)く(逆(さか)らう)重い罪 のこと。

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「十悪(じゅうあく)」
 一、考えなしに生き物を傷つける。二、盗(ぬす)みを はたらく。三、浮気(うわき)をする。四、うそをつく。五、二枚舌(にまいじた)を使う。六、ののしる。七、へつらう。八、貪(むさぼ)る。九、立腹(りっぷく)する。十、愚(おろ)かである。
 「十悪(じゅうあく)」とは、人間関係が壊していく悪(わる)い行(おこな)い のこと。

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『歎異抄(たんにしょう)』第三章 親鸞聖人の直(じき)弟子 唯円(ゆいえん) 著(ちょ) 意訳
善人(ぜんにん) でさえ 助かるのだから、まして 悪人は助かる。



「「定散(じょうさん)(善人)」も、「逆悪(ぎゃくあく)(悪人)」も、どちらも「実業(じつごう)の凡夫」であって、聖者ではない。ただ、環境に従(したが)って、ある者は善人となり、ある者は悪人となっているだけなのです。」
と、善導大師(ぜんどうだいし)が明らかにしてくださった。

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〈 言葉の意味 〉
「矜哀(こうあい)」
 「矜(こう)」も「哀(あい)」も、どちらも「あわれむ」という意味の漢字。
 「定散(じょうさん)」も「逆悪(ぎゃくあく)」も、阿弥陀様の願いに背(そむ)いていることに気づかず、自力(じりき) という 深(ふか)い迷(まよ)いにある者 として、悲しい生き方をせざるを得ない凡夫 として、善導大師(ぜんどうだいし)は 痛(いた)ましく 哀(あわ)れんでおられる ということ。

 ↓

善導大師(ぜんどうだいし)が 哀(あわ)れみ を かけておられるのは、他(ほか)の誰(だれ)かのこと ではなくて、実は、今の私達 なのです。常(つね)に自力に迷い、また時として、縁があればどのような罪悪(ざいあく)をも犯(おか)す私達 なのです。親鸞聖人も、ご自身のことを、そのような 危(あや)うい 悲しい凡夫である と見ておられました。

「光明(こうみょう)」
 阿弥陀様の智慧の働き。光明は、暗闇(くらやみ)を破(やぶ)る。
 自力に迷い 真実について無知・無自覚である私達の心の暗闇(くらやみ)は、智慧の光明によって破られる。

 ↓ 阿弥陀様の智慧の光明は、どこから射(さ)し込(こ)んで来(く)るのでしょうか?

阿弥陀様の深い願い に この私が包まれて生きていること に気づかされた時、私の心の誤(あやま)り を 思い知らされ、真実に目覚めさせられる。
それが、無知の暗闇(くらやみ)が破られる という、本願の光明の働き。

 ↓

「名号」
 南無阿弥陀仏。名号も、この私のために起こされた 阿弥陀様の深(ふか)い願(ねが)いによって届けられている。「南無 阿弥陀仏」は、「阿弥陀仏を心から敬(うやま)います、私の人生を お任(まか)せいたします」という心。
 自力では、どう考えても、浄土に往生する原因を作れない私達に、阿弥陀様は、「余計なことは しなくて よろしい、私に 任(まか)せなさい」と呼びかけておられる。
 その呼びかけ に従(したが)って、「お任(まか)せいたします」という心 が、「南無阿弥陀仏」と 称(とな)えること でもある。

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 ↓
親鸞聖人は、光明を「悲母(ひぼ)」、名号を徳号(とくごう)といい「徳号(とくごう)の慈父(じふ)」と言われる。
「名号」は「父」ですから、厳(きび)しい。「自分自身のことを見つめろ」「また、間違っているぞ」と、名号は叱(しか)りつけてくる。
まことに厳しく、辛(つら)いもので、本当をいうと、私達は、念仏は あまり好きではない。けれども、その厳しさは、愛情のある 温かい厳(きび)しさ であって、冷たい厳(きび)しさ ではない。
「光明」は「母」ですから、衆生を包(つつ)んで、包(つつ)んだ衆生を叱(しか)る。
そこには親が子供を叱(しか)るような、非常に深い痛(いた)み がある。
この二つが そろっているところに、阿弥陀仏 が 諸仏(しょぶつ) と まったく違う理由がある。

「因縁(いんねん)」
 「因(いん)」は「原因」。「縁(えん)」は、原因となるもの に直接かかわる「条件」。
 「原因」と「条件」の組み合わせによって、一つの「結果」が生(しょう)じることを「因縁(いんねん)」という。

 ↓

私達を救(すく)う手だて が「光明 と 名号(原因 と 条件)」としてちゃんと そろっている。
「光明」によって 衆生を摂(おさ)め取(と)り、その摂(おさ)め取(と)った衆生を、「名号」によって 造(つく)り変(か)える。
「人間の根性」は、都合の良いことは 好き で、都合の悪いこと は 嫌(きら)い。
損(そん)が嫌(きら)い で 得(とく)が好き。苦労が嫌(きら)い で 楽(らく)が好き。
名号は その人間の根性 を破(やぶ)って、もっと奥の深い所にある
「意味のあることなら損をしてもいい!」
「やりがいのあることなら苦労をしてもいい!」という生き生きとした、本当に 純粋な精神を引き出してくる。

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その心 は、「衆生の心」とは いえない、「仏性(ぶっしょう)(仏(ぶつ)になる種(たね))」といわれる心。
その心 を引き出してくることによって、人間を造(つく)り変(か)え、救(すく)っていく。
「光明 と 名号(原因 と 条件)」によって、信心(結果)が生まれてくる。
そのことは、間違えのないこと なのですが、問題は、そのことを私が素直にいただけるか、どうか、ということだけが残されている。
「信心をいただけた時に、本当の意味で、「名号」と「光明」が「因縁(いんねん)」になる」
そのことを善導大師(ぜんどうだいし)が顕(あらわ)してくださった。

 ↓ そのことによって、

〈 正信偈の書き下し文 〉
本願の大智海(だいちかい)に開入(かいにゅう)(せしめてくださった。)

〈 言葉の意味 〉
「本願の大智海(だいちかい)」
 本願によって働く 海のように広く深い阿弥陀様の智慧。『正信偈』の「唯(ゆい)説(せつ)弥陀(みだ)本願海(かい)」の「本願海」は慈悲(じひ)、「大智海(だいちかい)」は智慧(ちえ)を表現している。

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『正信偈』には「五濁(ごじょく)悪時(あくじ)群生海(ぐんじょうかい)」の「群生海(ぐんじょうかい)」という言葉もある。
本願の海、大智(だいち)の海、それは同時に、五濁(ごじょく)の悪時(あくじ)に生きている私達群生(ぐんじょう)の海。
海は、どのような源(みなもと)から流れ出る川の水も、また、どのような所を流れて下(くだ)ってきた水も、みな同じ 塩味 にしてしまう。
そして、海は、生き物を養(やしな)い育(そだ)てている所であり、死体は 海には留(とど)まることができない。

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『高僧和讃(こうそうわさん)』曇鸞讃(どんらんさん) 親鸞聖人 著
名号不思議の海水(かいしい)は 逆謗(ぎゃくほう)の屍骸(しがい)も とどまらず 
衆悪(しゅあく)の万川(ばんせん)帰(き)しぬれば 功徳の うしお に 一味(いちみ)なり

〈 意訳 〉
不可思議な名号 という 海水は、「五逆(ごぎゃく)を犯(おか)す・仏法を謗(そし)る」この死骸(しがい)のような者(もの)達(たち)を留(とど)め置(お)かないのだけれども、そのような悪であっても、すべての川の水が海に注(そそ)いで一つの塩味になるように、すべて等しく、名号の勝(すぐ)れた働きによって、信心を与えて、活(い)き活(い)きと生きてゆける者へと お育てくださる。


「開入(かいにゅう)」
 開(かい)示(じ)(光明・名号によって阿弥陀様の世界を解(と)き明(あ)かし示(しめ)す)・回(え)心(しん)(自力(じりき)の心 を捨てて 念仏の教え を信じる)・ 帰(き)入(にゅう)(教えを受けて、深く仏(ぶつ)の真実に従(したが)う)。
 光明・名号によって阿弥陀様の世界を解(と)き明(あ)かし示(しめ)し、その阿弥陀様の世界によって「私」が浮(う)き彫(ぼ)りになり、自分自身のことを本当に思い知り(信知(しんち) とは 信心 のこと)、真実に背を向ける「自分の計(はか)らい」「自分の思い」に こだわり続ける心を捨てて、大きな願いの中に生かされている「本来の自分」に 立ち戻る。

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「これが 私達の 阿弥陀様の世界に入る 唯一の入り方 です」と いわれている。

 ↓

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親鸞聖人は本願・光明を考えられるときに、「竊(ひそ)かに」という字を使われた。

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『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の初め 意訳
竊(ひそ)かに おもいをめぐらすと、人間の考え では およばない 弘大(こうだい)な誓(ちか)い は、度(わた)ることが難(むずか)しい生死(まよい)の海を度(わた)らせてくださる 大きな船、何ものにも碍(さまた)げられない光明は、無明の闇(やみ)を破(やぶ)る 恵みの太陽 である。

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「竊(ひそ)か」とは「盗(ぬす)む‐他人の物を こっそり とって、自分のものにする」という意味がある。
「私のような者が、本願・光明という阿弥陀様の世界が わかるはずがない、まことに恐(おそ)れ多(おお)い」という思い から、親鸞聖人は「盗(ぬす)む」という意味がある字を使われている。

 ↓ けれども、

「私のような者が、本願・光明という阿弥陀様の世界を考えるということは、まことに恐(おそ)れ多(おお)いのだけれども・・ 考えずには おれない!」
という親鸞聖人の 非常に謙虚な気持ち と、非常に強い信念 が言い表されている。

 ↓

人間というのは、謙虚になると、頭を下げて「いやいや すいません・・」と言って消えていく人が多いけれども、親鸞聖人は、謙虚だけれども、なにか そこに 強い確信・自信を持っておられる。
それは、うぬぼれ ではない。うぬぼれ は 少し思わしくないことがあると、すぐに飛んで消えてしまう。

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本当の自信(じしん) とは、状況が悪ければ悪いほど、いよいよ はっきりと 強く感じられる。
親鸞聖人は謙虚だからこそ、強い信念(しんねん)を持っておられた。

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まとめ

〈 原文 〉
善導(ぜんどう)独(どく)明(みょう)仏(ぶつ)正意(しょうい) 
矜哀(こうあい)定散(じょうさん)与(よ)逆悪(ぎゃくあく) 光明(こうみょう)名号顕(けん)因縁(いんねん) 
開入(かいにゅう)本願大智海(だいちかい)

〈 書き下し文 〉
善導(ぜんどう)独(ひと)り、仏(ぶつ)の正意(しょうい)を明(あ)かせり。
定散(じょうさん)と逆悪(ぎゃくあく)とを矜哀(こうあい)して、光明(こうみょう)名号、因縁(いんねん)(であることを)を顕(あらわ)す。
本願の大智海(だいちかい)に開入(かいにゅう)(せしめてくださった。)

〈 意訳 〉
中国には大変すぐれた学僧が たくさんおられたのだけれども、善導大師(ぜんどうだいし)だけが、ただ独(ひと)り、『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』を しっかりと読み込まれて、『観経(かんぎょう)』の お釈迦様の本当の お心 を はっきりと明らかにしてくださいました。
その内容は、次のようです。

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「・定善(じょうぜん)(雑念(ざつねん)を除(のぞ)き、精神を一点に集中する 安定した修行 によって行(おこな)う善(ぜん))
 ・散善(さんぜん)(日常の散乱(さんらん)した心のままで修(おさ)める善(ぜん))
 という 善行(ぜんぎょう)を積(つ)むことのできる「善人」と呼ばれる者 も、
 ・五逆(ごぎゃく)(お育てくださるもの に 背(そむ)く 重い罪)
 ・十悪(じゅうあく)(人間関係を壊(こわ)す悪(わる)い行(おこな)い)
 という 悪を犯(おか)し 善行(ぜんぎょう)も積(つ)むことのできない「悪人」と呼ばれる者 も、
 実は、どちらも 阿弥陀様の願いに背(そむ)いていることに気づかず、
 「自力(じりき) という 深(ふか)い迷(まよ)いにいる者」である。自力(じりき)では 浄土に生まれることは
 できない。
 私達が、浄土に生まれる唯一の道は、
 ・阿弥陀様 の 父のように温(あたた)かく厳(きび)しい「名号」に お育ていただく。
 ・阿弥陀様 の 母のように温(あたた)かく厳(きび)しい「光明」に摂(おさ)め取られ お育ていただく。
 そのことが因縁(いんねん)となって、自分自身のことを本当に思い知る 信心(結果)を いただく、それしかないのです。
 信心をいただけば、海のように広く深い阿弥陀様の智慧の中に迎え入れられ、真実に背を向ける「自分の計らい」「自分の思い」にこだわり続ける心を捨て去り、心の奥底にある
 「意味のあること なら、損をしてもいい!」
 「やりがいのあること なら、苦労をしてもいい!」
 という 生(い)き生(い)きとした大きな願い「仏性(ぶっしょう)」に生かされていた「本来の自分」に 立ち戻るのです。
 それが、私達が、浄土に生まれる唯一の道なのです。」
このような『観経(かんぎょう)』の お釈迦様の本当の お心 を、善導大師(ぜんどうだいし)が顕(あらわ)してくださいました。

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