2020年 3月号 相語る 声うやうやし 道に逢う 角ある人と 角ある人と

森 鷗外

 3月になりました。本当に雪が少ない冬でした。今年は2月から梅の花が咲いています。春の弥生に入った とたんにウグイスの初鳴きを聞きました。まだ「ホー」は付いていませんが はっきりと「ケキョ」と一声鳴いています。すぐに「ホーホケキョ」と鳴くようになるのでしょう。ウグイスの別名は「春告げ鳥」ですが、他に「経読み鳥」があります。昔の人は「ホーホケキョ」を「法聞けよ」と聞きとっていたのだということです。鶯(うぐいす)の鳴き声も「人生に大切なことが有るよ、仏様の教えを聞きなさい」という呼びかけに聞こえていたのですね。しかし鶯(うぐいす)の鳴き声に耳を傾ける心の余裕も無くし、それぞれの人生には富や名誉以外にも大切な課題があると感じている人がどれだけいるのでしょうか。人間の生きる姿勢を課題にする ということが次第に見失われている世の中になってきているのではないかと感じさせられています。

 「角(つの)ある人」といえば浅原(あさはら)才市(さいち)さん(1850 – 1932年 島根県太田市温泉津(ゆのつ) 出身)の肖像画が有名です。この角(つの)は画家に注文して描いてもらったものだそうです。この才市さんは妙好人(みょうこうにん)して有名ですが、このような言葉が残されています。「さいち こころに なにがある。さいちのこころに じごくがあるよ、ひにち、まいにち、ほのお が もゑる」(『妙好人才市の歌』法蔵館 第二ノート107p)また「うち の かかあ の 寝顔をみれば 地獄の鬼 の そのまんま、うちの家にや鬼が二匹おる、男(おとこ)鬼(おに)に女(おんな)鬼(おに)」(第九ノート239p)という言葉もあります。人間の心の内面を「地獄」とか「鬼の角」という言葉で表現しています。真宗には才市さんだけでなく念仏の教えに遇い、自分の内面に目覚めて「浅ましい私だ」と頭の下がった人間の歴史があるのでしよう。

 森(もり) 鷗外(おうがい) は 本名 森 林太郎(1862年 – 1922年 現・島根県津和野町町田 出身   東京大学医学部。陸軍軍医総監 医学博士、文学博士 )。私達が知っている森鷗外は代表作に『舞姫』『雁』『阿部一族』『山椒大夫(さんしょうだゆう)』『高瀬舟』『渋江抽斎(しぶえちゅうさい)』がある文学者として です。 

 「今月の言葉」に とりあげた鷗外の歌を知ったのは、実は『折々のうた三六五日』(岩波書店 大岡信)からです。同書には「これは明治41年8月号「明星」に掲載された歌。互いに頭には角を隠しながら、にこやかに うやうやしく語り合う人間たち。鷗外の詩歌(しいか)作品全体を通じての本領の一つは風刺にあった。」(328頁)とあります。鷗外はにこやかに、物腰ひくく お愛想を言い合っているが それぞれ見えない角があるではないかと。上辺(うわべ)と内面の違いを風刺したのでしょうが、才市さんの それ は お寺に通い、仏法に親しみ、その教えによって知らされ、また頷いた自分の姿であり、自分の力で知ることの出来た自分 ではない自分 なのでしょう。聞法生活という鏡によってしか見ることができない角のある自分 ともいえるでしょうか。
 『愚禿悲嘆述懐(ぐとくひたんじゅっかい)和讃』に「悪性さらに やめがたし 心は蛇蝎(じゃかつ)のごとくなり 修善(しゅぜん)も雑毒(ぞうどく)なるゆえに 虚仮(こけ)の行(ぎょう)とぞ なづけたる」という親鸞聖人の言葉が有ります。ここで歌われているのは、私達の目のはたらきでは見ることのできない自己の内なる姿でしょう。それも、自分の力で知った自分であれば絶望しかないような惨めな自分ですが、「そのままで一生を終わるな。自分の真の姿に目覚めよ。そして私の願いに目覚めよ」という願い が知らせてくれた私 であるならば、気づかせてもらえた謝念(しゃねん)の中の私 との 出会いでしょう。

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