2024年 1月号 只 静かに飯打ち食ひて、きる物多くきて、年よりて死ぬる事は、犬、鳥のなかにも さる物は多く候なり

明恵(みょうえ) 『明恵上人集』岩波文庫ワイド版

 2024年に年が改まりました。私の子どものころの記憶では元日を迎えたら年齢も一つ増えたのですが、いつのころからか誕生日にならなければ歳は とらなくなりました。この娑婆世界に生まれ出てからの年月だけが年齢なのです。母親の胎内にいた時間はカウントされなくなったのです。

 今月の言葉は法然上人の『選択集』を激しく批判した人として知られる明恵上人の言葉に興味を感じて選びました。『選択集』の批判書である『摧(ざい)邪(じゃ)輪(りん)』は『選択集』が法然上人が亡くなられた後に出版された版本を読んでから批判したものです。こんな言葉があります。
「高弁、年来、聖人において、深く仰信を懐けり、聞ゆるところの種種の邪見は、在家の男女等、上人の高名を仮(かり)て、妄説するところなりと おもひき。未(いま)だ一言を出しても、上人を誹謗(ひぼう)せず。たとひ他人の談説を聞くと雖(いえど)も、未だ必ずしもこれを信用せず。しかるに、近日この選択集を披閲するに、悲嘆甚(はなは)だ深し」(中略)「今、詳(つまび)らかに知りぬ、在家出家千万の門流、起すところの種種の邪見は、皆この書より起(おこ)れりといふことを。(岩波 日本思想体系「鎌倉旧仏教」44p) 
そして明恵上人の目から見た『選択集』が持っている誤りを「一は、菩提心を撥去する過失。二は、聖道門を以て群賊に譬ふる過失」46p としています。現在でも明恵上人を本当の僧侶のあるべき姿として敬愛する人が沢山あります。よく知られている本に白洲正子『明恵上人』があります。この本は手に入れることができます。
「摧邪輪」とは「邪を摧(くだ)く輪(りん)」であると自ら記しています。戒律を守り、行の日々をおくる聖僧として敬愛されていた明恵上人と、一戒も保てない身を自己とする法然上人とは同じく真摯に仏道を歩みながらも聖道門と浄土門の別の道に分かれているのです。

 さて、ようやく今月の言葉に はいります。「只(ただ)静かに飯めし打ち食ひて、きる物多くきて、年よりて死ぬる事は、犬、鳥のなかにもさる物は多く候(そうろう)なり。」という言葉は現在の日本社会をある意味で虚構つまり嘘の世界であると見抜くことが出来る視点があると思うのです。私たちが思っている幸せは、衣食住の十分な満足と長生き ですが、それは満たされても、満たされても なお満足できない というものでしょう。おいしいものを食べ過ぎて病気になっています。買っても、買っても満足せずに、もっと欲しい衣類は寒さから身をまもる という基本的な役割をこえてしまっております。男の平均寿命は 81.05 年、女の平均寿命は87.09年。国民の10人に1人が80歳以上の日本です。ただ 長さ だけしか見ないなら犬や鳥と違わないではないか。と問われてみますと、はたして反論できるのでしょうか。浄土教の批判者だった明恵上人ですが、仏者としての視点には同感させられるものがあります。