2024年 9月号 人生の悲しみの深さが念仏の深さをしらすのである。

正親含英

 これまで体験したことのない猛暑の8月でした。 人間の力の及ばない自然界の中に人間も他の生き物と共に住まわせてもらっているという視点を、五十年ほど前までは多くの人が持っていたなあーと、猛暑に うだった脳味噌で考えております。日々、暮らしていけることを「おかげさまで」という言葉であらわす(表現)お年寄りが私たちの周りに たくさん居られました。いまでは「おかげさまで」という言葉の響きを耳にすることが少なくなっています。

 「今月の言葉」は、私が大谷大学に入学した昭和36年に学長であられた正親含英(おおぎがんえい)先生 の『法に遇ふ』からです。(為法館 昭和32年)・・・この本屋さんは現在有りません。

 正親先生は、明治28年、姫路市にまれ。昭和33年12月、大谷大学学長就任。同36年8月退任、昭和44年に75歳で逝去されました。先生が大学を退任されてから、何度か間近で お話を聞かせていただくご縁をいただきました。まだ、学生であった私にも緊張感を持たせない先生でした。若造の言うことを静かに聞いてくださり、また、静かに語られました。教えてやるのだ。という姿勢を微塵も感じさせることのない お人柄でした。

 私たちは、この人生で悲しみに出遭わないことを願っております。悲しみを不幸と解釈して避けることばかり考えています。浄土真宗は悲しみや不幸に出会わないための祈祷(きとう)ということをいたしません。これは真宗寺院の本堂の造りを見ると判ることです。

 加持祈祷をする他の宗派のお寺の本堂と異なる特徴があります。当たり前のことですが、 護摩(ごま)をたく場所がありません。真宗のお寺の本堂は広い空間なのです。聞法するために座る場所として造られているのです。したがいまして、人生を自分に都合の良い部分だけを受け取ろうとすることを本来はしないはずの宗旨なのです。

 法を聞くため座る場所。それを持っているのが真宗門徒なのです。しかし、その広い場所、本堂を建てたのは、数代前の我々のご先祖です。そこには、人生の中で仏様の前に座り、手を合わせ、南無阿弥陀仏と称名念仏することのできる目覚めを人生の中で持つことができたからこそ、子や、孫や、曾孫のために残さねばならない大切なことを聞く場所を残そうとしてくれたのでしょう。勿論、自分たちが聞法するための場であったのです。正親(おおぎ)先生は「おかげさま」と云う言一つも、何(いず)れも、祖先の佛教生活の遺産であり、私共の身についた遺産である。それをあだにし、誤って用いてはなりませぬ。私共が、朝な夕なに、仏前に掌を合わせ御名を称えることのできるのは、永い世の祖先の たまものであり、如来の みめぐみであります。」(18頁)と、教えてくださっています。