国分敬治
今年の夏は経験したことがない暑さです。北海道の最高気温が40度というニュースに聞き 間違いではないか と思ったのですが、その通り、報じていました。7月24日に北見で39.0℃になっていたのです。涼しいはずの北海道で この暑さになると暑さ慣れしていない北海道の住民には堪(こた)えることでしょうね。
今月の言葉は国分敬治先生の『白土庵日記』1からです。
(1907年- 1997年 立命館大学、南山大学教授 古代ギリシャ思想研究者・哲学者、大学教授。ギリシャ哲学とヨーロッパ中世哲学を専門とし、浄土真宗にも造詣が深く、清沢先生、曽我量深先生、金子大栄先生を深く尊敬しておられました。)
ご自身はクリスチャンでしたが浄土真宗を深く学んでおられました。龍谷大学卒業後に京都大学で学ばれましたが その時の師の山内得立先生は曽我先生、金子先生と交流のあった方です。
『白土庵日記』は随筆集で全3巻 限定500部で自家出版されたものです。
「後生の一大事」は蓮如上人の『御文』で特に「人間のはかなき事は、老少不定のさかい なれば、たれの人も はやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。」という「白骨の御文」で親しんでいる言葉です。また五箇山の道宗さんの『道宗心得二十一箇条』の「ごしょうの一大事いのちのあらんかぎり ゆだんあるまじきこと」で南砺市の私達には親しい言葉だと思います。
国分先生は、蓮如上人の御文の(五帖目―2)「それ、八万の法蔵をしると いうとも、後世をしらざる人を愚者とす。たとい一文不知の尼入道なりというとも、後世をしるを智者とす といえり」を引用された後に「この世には、人間に かかわる ことがらに関して、ねっからの利口も、ねっからの馬鹿も きわめて すくないようです。たいがいの ひとは、利口にみえて馬鹿か、馬鹿にみえて利口か の いずれか です。そういう人間の世界なればこそ、悲劇も喜劇も うまれるのです。だが、いかなる人間にとっても馬鹿であってはならない ただひとつの ことがら があります。むかしから、「後生の一大事」といわれているのか それです。
「白土庵日記1」 2頁 (発行 白土庵事務局。)
さて、「馬鹿であってならない ひとつのことがら」に完全に馬鹿なのが 現在ただ今の世界に生きている私達で、賢いつもりで生きているのではないでしょうか。「後生」など無い。科学的に証明できないから無いのだ。と いつのまにか老いも若きも そんな世界に住んでおります。国分先生は「ひとり ひとりが つきつめて よく考えてみると、極楽浄土への道、天国への道、それこそが窮極的な関心事であることをみとめないわけにはいきません。この道を知らないものは、たとえ経典や聖書をどんなに よみつくした としても愚者であり、この道を知っているものは、どんなに無学であっても智者といえるのです。」と記しておられます。本当の人間の課題は何か を指摘しておられると思います。そして人間の課題を忘れ果てている賢いつもりの人々が蠢(うごめ)いているのが現在の人間社会でありましょう。