金子大栄 『くずかご』昭和53年文栄堂
11月という月は真宗門徒にとって大切な月です。それは宗祖親鸞聖人の御命日の月だからです。最近 気づいたのですが 報恩講は本山や お寺だけで勤められるのではありません。真宗門徒の各家庭のお内仏でも勤められているのです。お手次の住職さんを迎えてお勤めをして報恩講の精進料理をいただいてきたのですが、最近の各家庭の日常生活の変化が大きくて、伝えられてきたことが変化してきております。宗教感の変化も大きいです。しかし、これは真宗独自の信仰生活でしょう。
「報恩講」ということを、大切にされたのが蓮如上人です。報恩講の『御文』が何通も残されています。そこで言われているのは、宗祖の御前で、日頃 自分の信心と思っている「我が思い」を改めよ ということです。
「今度一七か日報恩講のあいだに おいて、多屋内方も そのほかの人も、大略 信心を決定し給(たま)えるよし きこえたり。めでたく、本望 これに すぐべからず。さりながら、そのまま うちすて候(そうら)えば、信心もうせ候(そうろ)うべし。細々に 信心の みぞ をさらえて、弥陀の法水をながせ といえる事、ありげに候(そうろ)う。」(第二帖)
とあります。わが想いに陥(おちい)っている信心を 新鮮な生きたもの に取り戻すためにこの7日間で語り合い、聞き直しすることだ と おっしゃっているのです。
今月の言葉は、金子大栄先生のお亡くなりになった後に出版された『くずかご』という遺文集(いぶんしゅう)からです。御命日は昭和51年10月20日ですから50年前になります。先月のことですが10月20日に先生の お住まいであった「聞思室」に数人の教学研究所の若い研究者の皆さんが勤めて下さった金子先生の50回忌のお勤めに加えていただくことが出来ました。皆さんは生前の先生には遇っておられません。法の中に生きている先生に遇っておられるのです。
現在は長生き社会ですが「人と生まれし有難さ」に どれだけの人が気づいているでしょうか。そして身心が本当に うなずくことが出来る言葉に出遇えているでしょうか。この身に かけられている深い願いに気づけているでしょうか。今日の1日を満足して すごせているでしょうか。「人と生まれし有難さ 忝(かたじ)けなくも法を聞き 弥陀の悲願に遇いまつり 念仏しつゝ今日を過ぐ」は金子大栄先生の96年の生涯を尽くしてつづられた「恩徳讃」である と、83歳の今日 気づかせていただきました。