2019年 9月号 ご恩徳をしる、今の私がここにあらしめられている ご恩徳。もっと言えば 教えを聞く身に育てていただき、 手を合わす身に育てていただいた。意味の分らない言葉であった念仏が、私の命としていただける身になるまで育てていただいた。その御恩徳の重さです。

幡谷 明

 多くのお寺で法話会の最後には「恩徳讃」が歌われています。六十過ぎのご婦人が私を尋ねてこられて、たまたま定例法座の日だったので本堂に座って聞いてくれました。そして「あの お説教の後に歌われた歌を歌うことが出来てビックリしました。幼稚園で歌っていた歌なのです。何十年も前に覚えた歌なのに忘れていなかったのです」と話され「言葉もメロディーも忘れていなかった。不思議ですね」と言われました。「なんという歌なのでしょう?」と尋ねられたので「恩徳讃といいます。歌詞は親鸞さんが最晩年に作られた和讃の中にある言葉です」と応えたことを記憶しています。仕事が忙しいようですが、時々顔をみせてくれています。

 幡谷(はたや)先生は「恩という言葉を辞書で引きましたら、一つの意味として、下に敷かれてあるものの上に乗ることだ と説明してありました。では 何が私の下に敷かれているか です。私どもが座っている その下 に どんな物が敷かれて居るかです。それこそ量り知れない御恩徳としか言いようがないでしょう。そのご恩徳を下敷きにしながら、我々は一向に ご恩徳を思わない。端的に言えば、自分を支えておってくれる足の裏をいっぺんも拝んだことがないと言われるような、そういうあり方でしかないわけです」 (講演録『共生の大地』自照社出版 108p)と語っておられます。

 北陸地方に伝えられた言葉に「お育て」があります。私は私の力で大きくなったのではない。たくさんの 育てよう という働きの中で育てられたのだ という事実の 頷き の表現です。そして、そこにある 育てられた具体的な事実 とは、仏法を聞くこと を 喜ぶことができること であり、仏法を尊ぶこと が できることであり、そして 生活の中でお内仏に手を合わせて念仏することができる私にしていただいているという、
この身の発見だったのでしょう。

 東京の新宿のお寺で、生まれて初めて真宗の教えを聞いたというご婦人が「私達は東京で暮ていても本当はここが寂しいんです。」と胸を指で押さえながら、「先ほどのお話しを聞いていて ここが暖かくなりました」と語ってくれました。「もしも 触れることがないままだったら 寂しいまま 終わっただろうけれど、寂しいままでは終わらせない という 何か があることに気づくことができた。」と語ってくださったのだと思いました。人間には、聞かないまま、知らないままでは終わることが出来ない 要求 が 心の奥にあるのでしょう。
 「意味の分からない言葉であった念仏が、わたしの命 としていただける身にまで育てていただいた」とは、言葉が言葉の限界をこえて 私に 私の生を本当に生きさせる力にまでなってくださっている、言葉の働きを身に受け取ることが出来た、という告白なのだ と聞こえて参りました。

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