2020年 7月号 世の中の生死の道に つれ は なし ただ さびしくも独死独来

一休 花園大学内 禅文化研究所編 『一休道歌』より

 7月です。今年の半分が過ぎてしまいました。この3月以降はコロナに ふりまわされた、というか 動きを封じられて自宅に閉じこもることを余儀なくされた3ヶ月でした。身体は動けないのに 心は動きづめ というか、動揺しづめ だったのではないでしょうか。日ごとに感染者数の増加していくのを見ては不安になっておりました。早くからマスクが店頭から消えてしまい、一時はトイレット・ペーパーやキッチン・ペーパーまでが買いあさりで姿を消しておりました。手に入らないのでマスクを手作りしなくては、ということになり 適当な布地やゴムがマーケットから姿を消してしまいました。5月の連休の頃には 今度は、小麦粉の棚がカラになった時期がありました。同時にドライイーストがスーパーの棚から消えてしまいました。各家庭でパンやケーキやクッキーを手作りしたからだそうです。南砺市という田舎の町でさえも そのようなことが おこっていました。「自粛」という言葉が 経済にも大きな影響を与え 飲食店は大きな痛手を被ったようです。ライブハウスはクラスターになった店も有ったため 影響が大きく 閉店を余儀なくされたところが出ているようです。学校が休みになっていましたから その影響は短期的には明確にならないでしょうが、これから以後に思わぬ形で影響が出てくるのではないでしょうか。

 感染者のなかに かなりの死者が でています。7月1日現在のNHKの集計では感染確認1万9481人。死亡987人(クルーズ船含む)ですが、人気タレントの「志村けん」さんの死亡は コロナと死を国民に強く印象づけました。何よりも印象に残ったのは お兄さんが涙を流しながら、お骨になってからしか会えなかった という事実を述べられたことだったでしょう。感染が確認されてから以後は家族でさえも あえない。コロナウイルスの感染は臨終にも立ち会うことが許されないものだと 多くの人が初めて知ることになりました。この世を去るにあたっての別れもできないのです。「お世話になりました。有り難う」と告げることもできず、もちろん手を握って別れることもできないのです。

 「世の中の生死(しょうじ)の道に つれ は なし ただ さびしくも独死(どくし)独来(どくらい)」一休(『一休道歌集』108p 禅文化研究所編 花園大学内)という歌が心に とまりました。「世の中の生死(しょうじ)の道に つれ は なし ただ さびしくも独死(どくし)独来(どくらい)」が死の事実です。『大無量寿経』には「人、世間の愛欲(あいよく)の中にありて、独(ひと)り生(しょう)じ独(ひと)り死(し)し独(ひと)り去(さ)り独(ひと)り来(きた)りて、行(ぎょう)に当(あた)り苦楽(くらく)の地に至(いた)り趣(おもむ)く。身(み)、自(みずか)らこれを当(う)くるに、有(だれ)も代(か)わる者(もの)なし(人は、世間の情(じょう)にとらわれて生活しているが、結局 独(ひと)り生(うま)れ 独(ひと)り死(し)に 独(ひと)り来(き)て 独(ひと)り去(さ)るのである。人生の中で苦しいこと、悲しいことに出遇っても、誰も代わってくれないし、自ら この苦しみ悲しみを引き受けて生きなければならない。)」(真宗聖典60頁)と説かれています。人気タレントだった「志村けん」さんの死が、改めて教えてくれたのが『大無量寿経』に説かれていた この言葉でした。日常という「問う」ということを棚上げしてしまっていた生活の中味を、新型コロナウイルスが改めて問うてきたのでした。
 「目の付け所」という言葉が有ります。他府県ナンバーの車がコロナを運んできた と思うと腹が立って壊した54歳の男性が逮捕されました。他人を コロナウイルスをまき散らしている者 としか見られない状態になり、他人に暴力をふるう という事件がしばしば おきているようです。見方を変えますと、こんなちっぽけな心 が 私達の心 であったことがコロナによって明らかになったことでした。コロナ菌は「私が感染しなければ良いんだ」というエゴイストであることも見せてくれます。

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